≪プロローグ≫

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 英二の返答の意味が判らなかった。だがそれに対応したのは早苗だった。 「でも英二さん、療養にいらっしゃったんでしょう? 私達、病人の看護なんか出来ません」  早苗の気弱に、英二はあっさり手を横に振り、さっきまでの微笑は苦笑に変わっていた。 「療養じゃない、静養だよ。看護なんか必要ないから。そもそも僕はどこも悪くない。少なくとも僕自身はそう思っているから、自分のことは自分で出来るよ。部屋と着るものさえ貸してもらえれば、だけど」 「じゃあなんで、静養が必要なんですか?」  上総の尤もな問いに、英二は肩を竦めると言った。 「それは母に訊いてもらえないかなぁ。僕に静養をしきりと薦めたのは母なのでね」  躱された返答に、上総は今一度、喰らいついた。 「親に薦められたとはいえ、それを受け入れてここへやってきたのはあなただ。申し訳ないけれどこの状況から察して帰ってもらえないか」  上総の物言いに、英二はしばし俯き考えると、それはどうかな、と小さな声音で言った。 「母の狙いは僕を静養させるという名目の下、僕を追い出したかっただけだからね。僕自身もそれで母の気が済むならと思ってやって来たに過ぎない。だから、そうだね、連絡一つない、荷物も届いてないんじゃ、確かに迷惑以外の何物でもないよね。いくらなんでも酷過ぎるよな、母さんってば……」  どういうつもりなんだろう、と呟きながらも、不安も焦りも感じられない英二の態度。どうしたものかと考えているその表情は、どうしようかなと思案しているようにしか見えなかった。さすがに得意の微笑までは浮かべていなかったが。  英二の呟きのあと、二人と一人の間には、しばしの沈黙が流れるしかなかった。次に発する言葉が全てを決定付けると、誰もが判っていたからだった。  上総は早苗を盗み見た。だが早苗は英二を見越した竹林の更に奥を眺めていた。つられるようにして上総も竹林の先を見やったが、彼女の意図は判らなかった。ところが。 「一つ、お聞きしてもいいですか? 英二さん」  凛とした声が夕闇に渡る。英二は早苗を黙って見やり促した。 「英二さん、こちらにはどうやって来られたんですか? 車で来たのではありませんか?」
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