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素早く手洗いを済ませた早苗の勢いに押し負けて、英二がおとなしく返事をする。早苗が人数分のコップをお盆に乗せ、それぞれに冷えた麦茶を満たしてゆく。上総は流し台にそっと近付くと、
「なんで知ってる?」
英二の耳許に囁いた。
「たぬきのこと?
「しっ。本人に聞こえる」
「聞こえてもいいんじゃない? あそこまで似てると芸だよ、もう」
「狙ってなれる体型でもないだろうけどな……」
二人が揃って後ろを伺った。しかし小林はすでに畳の上にあぐらをかいて座っていた。残念、という英二の呟きに再度吹き出しかけそうになり、英二の向こう脛を蹴り上げてやることで未然に防いだ。
「同じ足、蹴らないでよ」
小声での英二の反論は華麗にスルーされた。
しかし小林の体型は、本当にたぬきにそっくりなのだ。座ってしまっては判らない、足首に向かって細くなる足と、見事に突き出た腹の具合は、万人が万人とも「たぬき評価」をくれるに違いなかった。
そんな鈍重そうでコミカルな一見に、さらには黒ぶち眼鏡の奥に座った円らな瞳と、愛嬌のあるふっくらとした顔、限りなく丸い耳、とまできているのだから。
早苗は笑いの跡を残したまま座卓へと着いた二人に、軽く睨め視線をくれて諌めた。
「二日くらい前に言ってきてくだされば、昼食だって用意出来たのに」
小林の右隣りに早苗、左隣に上総、正面に英二という席順で座卓が落ち着くと、早苗は小林に切り出した。
「いや、いいんだ。上総くんにはさっきも言ったけど、今朝になって午前中に入っていた仕事がキャンセルになったものだから、僕にしてみても突発的なものだったからそんなに気を遣ってもらわなくても。それより、彼は?」
小林は己の正面に座った英二に視線を投げると訊いた。
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