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上総は英二の返答を聞くまでもなく、勝ち誇った笑みで英二を見下ろした。
「諏訪って、あの諏訪家の諏訪?」
案の定、すぐさまそこに喰らい付いてきた小林に、上総は肩を竦めると、
「以外にいたっけ? まぁいいじゃんん、昔の話だよ。小林さんが気にすることはない、大丈夫だよ」
小林は眼鏡の奥の瞳を光らすと言った。
「……やけに庇うんだね?」
「まぁね。だって俺達、仲いーもん」
コップに口を寄せながら、何気に答えてみせた上総に、小林は早苗の方を見た。話の見えない早苗は困ったような笑い顔を浮かべながら、英二と小林を見比べていた。そんな早苗に英二も肩を竦めて返す。
小林は戸惑いつつも、再び上総に目線を戻すと、言葉を選びながら言った。
「まぁ、上総くんがいいって言うならいいけど……でもきみ、覚えてないのかい? 諏訪家のこと───」
小林の問いに「来た」と思って、上総はさらに澄ました顔で言ってやった。
「覚えてるよ。でも関係ないよ。十六年も経てば変わるものもあるさ」
「そういうもんかね」
小林は深い溜め息を衝くと、その話題に関するわだかまりを吐き捨てた。諏訪の姓に対する警戒を解く。しかし、英二への警戒の全てを解いたわけではなかった。と、そこへ早苗の遠慮勝ちな割って入った。
「小林さんは英二さんと初対面じゃなかったの? お兄ちゃんも」
小林は頑張って笑顔を作ると早苗に答えた。
「初対面みたいなもんだよ。会ったことあるって言っても、今、上総くんが言った通り、十六年近く前のこと、早苗ちゃんが生まれたばかりの頃の話だから。上総くんが四つで、英二くんはその時……」
「八つでした」
「そんぐらいか。八歳と二十三歳じゃ別人みたいなもんだよね。まぁ言われてみれば面影がなんとなく残っているような……?」
小林の誤魔化しに、上総がさらにちょっかいをくれた。
「そのものなんじゃねぇの? 二十三とかに絶対見えないし。まぁ俺は八つの頃の英二なんて覚えてないけど」
だったら同じとか言うな馬鹿。そんな顔で英二は上総に軽く手を払うと、もう放っておいて、と言わんばかりのジェスチャーをくれた。
そんな二人の遣り取りを見て、先の上総の台詞はあながち嘘ではないらしい確信をくれると、小林は英二に対する警戒心も解かざるを得なかった。こんな無邪気に笑う上総の様など、小林とてそうは見たこと無かっただけに。
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