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「知らない? 知らないってどういうこと、訊いてないの? だって彼は静養しに来たんだろう? 目安くらいはあるんだろうね?」
「いや、全く、知らないや。訊いてなかったことに俺も今、気が付いた。まぁでも俺達としては別段、いつまで居られても構わないし」
なげやりな上総の台詞に、小林は狼狽するしか出来なかった。
「いや、それはちょっと、構うべきでしょ。さすがにまずいんじゃないかい?」
「なにが」
「なにがって、だから、その……」
小林は上総の鋭い眼差しに飲まれて、思わず言葉を濁らせた。そんな小林に上総の苛立ちがさらに倍増し、そろそろ愛想笑いも限界に近付きつつあった。
小林が言いたいことは要は、いかにはとこという血縁者であっても、年頃の男女が同じ屋根の下一つというのはどうだろう、という社会的通念を持ち出しながら、本当は上総のことをやり込めようとしているのが丸判りだった。
彼はなんとなく、上総の気持ちに気付いている節があった。とはいえあからさまな感情ではなく、早苗が生まれてからこの方、村人の協力こそあれど、基本はずっと二人で生活しているのだ。お互いがお互いを必要としている、その依存性を危惧していると言った程度のものだが。
小林は上総が中学を終える頃から、早苗との二人暮らしにそれとなく水を差すようになってきた。いくら兄妹とはいえ、妙齢の男女二人だけというのはいかがなものか、と。
だが村の人間は誰一人として、そのような思考は持ち合わせていず、邑竹の人間は邑竹の家に住むべしという不文律に基づき、決して二人を引き離そうとはしなかった。同じ血を継ぐ間柄で、どんな間違いが起こるというのかと、小林の心配はむしろ一笑に伏されただけだった。しかしだからこそ、小林には、笑い事で済ませられなかった。
早苗が彼女の母親に似ていて、幼いながらも美人と称していいくらいに大人びていたことが、小林には一番の懸念材料だった。なにしろ小林は弁護士である。身内間ゆえにその手のことに関しては明るみに出難いということを事実として知っている人間である。もちろん上総くんに限って、という信頼がないわけではないが、どんな些細なことであっても、この手の事は起こってしまってからでは遅いのだ。
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