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日本家屋
四十九日も終わり、ひっそりとした家で真司は常次郎の遺品を整理していた。
職人らしく、無駄なものは生前にきっちりと整理されていた。
わずかに残った遺品の中にあった白い箱を開けてみた。何枚かの写真とともに、真司はあるものを見つけた。白い折り鶴である。入院中に常次郎が折った白い折り鶴は、迷った挙げ句、常次郎の棺に真司が入れ、常次郎とともに灰になっていた。
この箱の中にひっそりとしまわれていた白い折り鶴は、もしかしたら常次郎がその昔、病院で拾ったものかもしれない。きっと、千羽鶴からはぐれたというあの話に出てきた折り鶴に違いない。
もはや、真司にはどこからどこまでが常次郎の遊び心なのか、わからなくなっていた。
ただ、常次郎が真司のことを深く心配をしてくれていたということだけは確かで、疑いようのない一切の揺るぎもないことだと感じていた。
真司は、箱の中から白い折り鶴を取り出して仏壇に飾り、手を合わせた。
常次郎が幸運の女神と信じたあの人のような存在が、いつか真司にも現れるに違いないと思えてきた。そして、真司がその存在と出会えたならば、その時が職人として一人前になったと思える時なのだろう。何かにすがってでも、自分を信じ切る強さが必要なことを、常次郎が遊び心を通じて教えようとしてくれたのだろうと想像した。
もう常次郎はこの家には居ない。
数年前に東京から舞い戻ってきた頃の劣等感や敗北感に苦しめられていたかつての真司の姿もない。
今は、ただ、黙々と包丁を研ぎ、人生を歩む方向を見定めた真司の姿だけが、そこにはあった。
今日もまた常次郎が暮らしてきた日本家屋に、真司の包丁を研ぐ音だけが静かに響き渡る。
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