縁側

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縁側

日本家屋の常次郎の家は、夏でも夜になると縁側から涼しい風が入る。 「花山医院のおばさんが、爺ちゃんは元気かって心配していたよ」 座布団に座り、夏の夜の縁側でキンキンに冷やした日本酒を呑むのが、常次郎の毎晩の楽しみだった。 「お前も呑むか」 常次郎は真司に酒を勧めたが、下戸の真司はいつものごとく断って、自分の座布団を座敷から引き寄せて縁側に座った。 常次郎は秀でた包丁職人だが、小難しさや頑固なところはなく、いつも自然体なところが馴染み客を()きつけているようにもみえた。 「前にも何度も話したかもしれんが」 酔うたびに繰り返し語る常次郎の昔話を、真司は嫌いではなかった。 「あの人のことかい?」 「そうじゃ、そうじゃ、白い服の女性じゃ」 (うま)そうに(さかずき)を傾けながら、常次郎は話し始めた。 「あの頃はワシの親父が亡くなって、店を継いだのは良いが、いっこうに上手くは(まわ)らんかった」 真司は常次郎の空いた盃に冷えた日本酒を注ぐ。 「初めて行った金沢の呑み屋街の人混みで、ひときわ目立つ白い格好をした女性を見つけてな。不思議なことに周りの通行人たちは、奇異に感じる者もいなかった。ワシだけが不思議に思っているようで、それがまた面白く感じてな」 「それで爺ちゃんがその白い服の女性を追いかけて行ったんだろ」 「あんな女性には不釣り合いな立ち呑み屋に入って行ったから、後からワシも追うように店に入ったが、まるでどこかへ消えてしまったように、もうその女性はどこにもいなかった」 「本当にその立ち呑み屋に女性が入って行ったの?」 「人混みで見えにくいは見えにくかったが、確かにあの立ち飲み屋に入って行くところを見たんだけどな」 いつもに比べて常次郎の盃があまり進まないことを気にしながら、真司は盃が空になる度に日本酒を注いだ。 「でも、その立ち呑み屋で安井さんと初めて出会ったんだろ」 「そのまま店を出るわけにもいかないから、店主に勧められるがままに呑み始めて、隣に居たのが安井さんだった。なんかキョロキョロしていて、様子がおかしな人だなと思ったって、今でも安井さんにからかわれるよ」 安井さんとは、大口の馴染み客の一人で、今では魚介類を中心とした居酒屋チェーンを展開するオーナーである。
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