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やがて真司の心配は現実となった。
年を越す前に、常次郎は亡くなった。年の瀬ということもあり、親戚たちとも話して、ごく限られた人たちで葬儀を済ませることにした。
数少ない参列者には、大口の馴染み客である安井も駆けつけてきてくれた。
「真司、寂しくなるな」
安井は黒塗りの車に運転手を待たせ、まずは真司を慰めた。
「常次郎さんも、真司が一人前になって安心して、旅立てたんじゃないか」
「いや、まだまだ一人前だなんて、ほど遠いです」
二人は自宅の座敷に寝かされた常次郎の傍らに座った。
「真司が東京から帰ってきた頃、常次郎さんはえらく心配していたからな」
「そんなことを安井さんに話していたんですね」
「腕の良い職人の割に、気さくで面倒見の良い人だったからな」
安井はうっすらと涙を浮かべているようだった。
「金沢の立ち呑み屋で、初めて常次郎さんに会ったことを思い出すなあ」
「はい、爺ちゃんから何度も聞いています。たまたま隣同士になったとかで」
「そうそう。店に入ってきた常次郎さんはキョロキョロと店内を見渡して、面白かったな」
「面白かった?」
「ああ、実に面白かった」
金沢に住む安井が、少し離れた鶴来の町に住む常次郎と出会えた縁を愛おしく感じている様子だった。
「爺ちゃんは立ち飲み屋に入っていく白い服の女性を追いかけて、店に入ったみたいです」
真司は、常次郎から聞いていたあの人が初めて現れた時のことを安井に話した。
「その白い服の女性っていうのは、俺なんだよ」
「え?どういうことですか?」
安井は信じられないだろう、というような顔で真司に目を向けた。
「あの頃、若かったし、冗談半分で女性ものの服を着ては、呑み屋街をうろついていたんだよ」
「安井さんがですか?」
「金沢の呑み屋街では、結構、有名になってて、俺があんな格好をしていても、もう誰も驚かなかったんだけど、常次郎さんは普段は金沢では呑まないから、初めてで、まんまと引っかかったというわけだよ」
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