忘却の彼方

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「おい、自分の中から出られないとはどういう事だ」 「わかんないよ! えーどうしよう。九条さーん!」  無理だと知りつつ上方に向かって叫ぶ。  もう既に酒宴が始まっているであろう上方に変化はない。  そもそも送り出したのだから戻ってきてくれるはずもない。  すると玉彦が唐突に両腕を広げた。  柏手を打つ高さではなく、私に飛び込んで来いの合図だ。  なので取り合えず近寄る。  こんな一大事に何を考えてるのよ。 「玉響きみ」  玉彦は照れながら呟いた。  私の高校の編入試験の短歌の冒頭だ。  私から玉彦への。  今は玉彦から私へ。 「然もありなん!」  顔を綻ばせた玉彦に、私も笑顔で答えて抱き付いた。  現実に戻る。  悲しいことや苦難が待ってるけど、あるべき場所へと帰る。  二人が一緒にいられるのはその世界だけだから。
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