玉彦の愛する誰か

3/30
前へ
/356ページ
次へ
 玉彦が卒業する年の二月。  私は預かっていた彼らの一軒家の鍵を使って中に入り、引越しの為の段ボール箱をせっせと組み立てていた。  男三人で暮らしている割には整理整頓されたリビングに空の段ボール箱を積み重ねていく。  そして二階に上がって、玉彦に頼まれていた本棚にあるものを箱に詰めて行く。  その中に私は見てはいけないものを発見してしまった。  そして今、暖房も点けずに冷え切った部屋で氷の様に固まっていた。  変だな、と思わないこともなかった。  でも大学生の生活は私には未知で、そういうものだと思っていた。  毎週必ず帰って来ていた玉彦が、二年前から月に一度だけ帰らない様になっていた。  卒業が近くて忙しいのだろうと思っていた。  信じてた。  絶対玉彦に限ってそんなことはないって。  なのに……。   私は大切そうに本棚の奥に隠されていた桜色の箱の蓋を閉じて、元に戻した。  その箱はパンドラの箱だった。  中に希望も残されていないパンドラの箱。  箱の中には、数十にも及ぶ桜色の封筒のお手紙が詰まっていた。  差し出し人は全部同じ人。  冴島月子。  女の人だった。  すごく字が綺麗で、ほんのりと封筒からいい香りがして。  きっと本人も、そんな人なんだろうなって思えた。  私は止せばいいのに、そのお手紙を罪悪感を持ちながらも読んでしまった。  自分のスケジュール帳と照らし合わせて読み進め、鈴白村で馬鹿みたいに待っていた私のところへ帰らなかった日、玉彦はその人との逢瀬を重ねていたのだった。
/356ページ

最初のコメントを投稿しよう!

965人が本棚に入れています
本棚に追加