忘却の彼方

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「比和子ー! いつまで寝てるの! 遅刻するわよ!」  一階からお母さんの怒りを含んだ声が、ベッドの中で丸くなっていた私の耳に届く。  がばっと起き上がって、枕元の赤い目覚まし時計を手に取るともう七時半を過ぎていた。  慌ててベッドから下りてカーテンを開くと、朝日はもう既にかなりの熱量を持って降り注いでいる。 「マジか―!」  私は一人で叫んで、階段を落ちるように駆け下りた。  洗面所でお父さんと衝突しそうになって足を思い切り踏んづける。 「比和……」 「ごめん! 今急いでるから!」  非難めいた視線を無視して、顔を洗って歯を磨きながら二階へと戻り、今日の洋服を選ぶ。  あんまり肌を出すとお局様から御小言を貰うから、地味目で涼しいヤツにしないと。  口から泡が落ちそうになって、再び洗面所に戻るとヒカルがドライヤーを片手に陣取っていた。  九歳で色気づくって、早いのよ!  お尻でヒカルを押しやって私は口を漱いだ。  上守比和子、二十二歳。  社会人一年目であります!
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