プロローグ

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プロローグ

 老朽化した工場跡地。今にも崩れそうなコンクリートむき出しの一室に、三人の人間がいた。――いや、正確には、生きている男が一人。死にかけの男が一人。あとの一人は死体だった。  生きているのは30代後半の黒髪のスーツの男。オールバックのような、ヘアワックスで乱雑に固めただけの髪型。手には黒い手袋をはめていた。 (……やはりデザートイーグルはいいな。使いやすい)  ふう、とため息を着きながらあごひげを触る。右手に持つ銀色のデザートイーグルの銃口からは煙が出ていた。  廃材にもたれ掛かり、ひと仕事終えたようにタバコをふかす。  その男の対面に、同じくスーツを着た20代後半と思われる若い男が、胸に穴を開けて死んでいた。その顔には、驚愕と絶望が張り付いていた。反撃する隙も与えず、真正面から銃殺された事を物語っていた。    部屋の出入り口近くには、でっぷりと脂肪をつけた大柄の男が、出口に向かって這いずっていた。手足の何本かの指は根元からちぎれるようにして吹き飛んでいた。指の骨と、ピンク色の肉を露出させ、男の周囲に鉄さびの匂いを充満させていた。  額に脂汗を浮かべながら、着ているTシャツが汗まみれで張り付き、ズボンの股部分には濡れたようなシミが出来ていた。 「……おい」唯一生きている男が、必死に逃げようとする大柄の男に向かって口を開いた。 「……なぜ逃げる。お前にはまだやる事があるんだぞ」死んだ若い男のものだろう警察手帳を眺めながら言い放つ。手帳には顔写真と『入江凌央(いりえりょう)』の名前が書いていた。 「じょ……冗談じゃねえ……! てめぇ、そ、そいつは部下だったんじゃねえのか!?」  大柄の男はズリズリと手足を引きずらせながら叫んだ。数メートル動く度に、レッドカーペットのようなあとを引かせていた。 「……だから、なんだというんだ」ぽつりと呟き、タバコの火を踏み消し、割れた窓から投げ捨てる。 「……お前に(リボルバー)を一丁やっただろう? それで俺を撃て」  血のレッドカーペットの上を歩きながら、男は言った。 「ふ、ふざけんな!てめぇ――」 ミシッ。這い回る男の足から骨が軋む音がした。「いッ………!!」 「……なぁ、頼むよ。俺は今最高に気分がいいんだ。あんまり怒らせるな」  ふくらはぎのあたりを踏み付け、「……この足、折ってもいいんだぞ?」と体重をかける。 「――わ、わかったよ! 撃てばいいんだろ!」 「……懸命な判断だ。引き金を引く指は残しておいただろう? それで――――」 ――パン。部屋の中に乾いた銃声が響き渡った。這い回る男が肩で息をしながら発砲した音だった。銃口から煙が上がる。震える手で銃を持つ甲に空いた銃痕(あな)からは血が溢れ落ちていた。 「……おい、話は最後まで聞け」  男は、背後に立てかけてあった鉄板にめり込んでいる弾丸に視線を向けると、「期待はずれだ」とでも言うように、這い回る男を見下ろした。 「……さっきな、応援を要請した。あと5分もあれば着くそうだ。……この意味、分かるな?」膝を折りながら囁いた。 「……こんぐらい近けりゃ当たるか? ん?」 グッと這い回る男が持つ銃を左の上腕部に押し当てる。 「あ、あんた狂ってるよ! 普通じゃない……! 部下を殺して、お、おれも殺すんだろ!? あんた警察として、お、お、おかしいよ……!!」 「……そうか? 俺にとってはこれが“普通”だが。 ――さあ、撃て」  子供のように泣き喚く男の頭に銃口を当てながら強要する。しかし、男は涙や涎、脂汗やらを撒き散らしながら抵抗する。 「い、いやだ、死にたくねえ! 助けてくれ、誰か――――!」 「……喚くな。 聞こえるか? サイレンの音だ。 もう近くまで来ている――やれ」 「こ、このイカれ刑事が! ちくしょう、ちくしょう―――!!」 乾いた銃声が、もう一度響き渡った。上腕部からは血がにじみ、それはしだいにあふれ、滴っていた。 「……ご苦労。では死んでくれ」 「待っ――――――!」  目玉。血。脳漿。それらがスローモーションになって飛び散り、出入り口の扉や壁、部屋の外にまで撒き散らされる。 「……最高だ。やはりいいな。“銃殺”は」 言いながら、死体の持つ銃とデザートイーグルを入れ替え、指紋が残るようにしっかりと握らせる。それを再び自分の手に持ち直し、わざと二人の指紋がつくようにする。  “犯人”の手には、警察で支給されているリボルバー。生き残った男の手には“犯人”の指紋がついたデザートイーグル。そして男はこう言うのだ。 「“犯人は銃を所持していた。入江を撃ち殺し、逃走しようとしたため足を撃ったが、その際にリボルバーを奪われ、仕方なく犯人のデザートイーグルを使用した。応援を呼んだ際に左の上腕部を撃たれた為、やむを得ず銃殺した”」と。  サイレンの音が近づいていた。数にしてパトカーが3~5台。加えて救急車も何台か。 男はべっとりとついた血をぬぐいながら、再び廃材の所まで戻り座り込む。  しばらくして、何人かの人間が車から降りる音と、建物内に突入した音が聞こえてきた。 (……早いな。まだかかると思っていたが)  男は新たなるタバコを加えようと、箱から一本出そうとする。しかし中は空っぽだった。「……チッ」不機嫌そうに舌打ちをし、出入り口を見やる。バタバタと大勢の足音が聞こえていた。 「う……っ!」 「こ、これ、は……」 「――ほ、本庁に連絡を。死体です――」 「い、入江刑事……!」  何人かの制服警官とスーツの刑事が顔を真っ青にして慌てふためいていた。  (リボルバー)を持っている頭が半分ない死体。胸を撃たれて死んでいる同僚の刑事。――そして、唯一生き残っているその相棒。  突入した警官たちの雰囲気が変わる。疑惑(ぎわく)嫌疑(けんぎ)懐疑心(かいぎしん)。疑いの感情全てが、一気に男に向けられる。 「……疑うのは分かる。まずは外の空気を吸わせてくれ。相棒の死体を見るのは辛い」  ため息まじりに言うと、警官たちは忙しなく動き始めた。みな考えないようにしているだけだろうが。 「あ、あの……」  一人の若い男の警官が声をかけてきた。知らない顔だ。「これをやる。指紋を付けるなよ」  渡したのは持っていたデザートイーグルだ。若い警官は銃の重さに、戸惑ったような表情を浮かべていた。  外に出るとパトカーと救急車のライトの眩しさに顔をしかめた。救急隊員に簡単だが腕の治療をしてもらい、救急車の後ろに座って慌ただしく動き回る警官達を眺めていた。 「こんな時にすみません。あの……」 「部下が死んだのに、なぜお前は――」 「……何があったか教えろ、か? それとも、なぜ俺だけが生きている、か?」  話しかけてきた50代の中年の刑事と、背の高い30代の刑事に睨むようにして言い放つ。見知った顔。名前は、中年の方は「美濃(みのう)」、背の高い方は「鷹凪(たかなぎ)」といった気がする。二人とも捜査一課の刑事だ。 「…………まあ、俺を疑うよな」 「ああ。あの状況じゃあ疑わない方が無理だ」 「……詳細は後で調書に書く。今は勘弁してくれ」 「相棒が死んだばかりだからか? それとも現場にいる警官たちに疑われるのが嫌だからか?」 (……タバコが切れてるからだ)  心の中でため息をつきながらなるべく苛立ちを抑える。 「まあまあ。では明日また伺います。ええと……」 「………警視庁の仙川だ。所属は――――」
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