探偵と爆殺魔 Ⅰ

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探偵と爆殺魔 Ⅰ

 警視庁の地下三階。むき出しのコンクリートの廊下に軽快な革靴の音が響いていた。  真っ赤な軍服に身を包み、同じく真っ赤な軍帽をかぶった少年――“探偵”(すぐる)である。鮮やかな金髪に金眼、右眼には眼帯をしている。  歩く度に髪が揺れ、鼻歌交じりに足音を響かせている様子から、機嫌が良いのは一目瞭然だ。 「探君」とこちらに顔を向けたのは“警視総監”六実逸郎(むつみいつろう)だ。一言で言えば「厳格な顔つきをしたスーツ姿の老人」だろう。本人は機嫌を損ねるだろうが。 「あっは。お久しぶりですう。ムツミ警視総監どのお。……いえ、今は僕も“警視総監”、ですかねえ」  探の言葉に六実は一瞬顔をしかめるが、すぐに「それより」と口を開いた。 「住宅街で発砲したそうじゃないかね? それと、例の件は……」 「発砲したのは通り魔事件……いえ“天達区女性連続殺傷事件”でしたかねえ。その犯人が逃亡しようとしたので仕方なく。 例の件とは? ……ああ、イヴのことですかねえ?」  足音を響かせながら二人は並んで歩く。廊下には鉄の扉が3m程の感覚を空けて並んでいた。 ゴホン、と六実がわざとらしく咳払いをし、「イヴ……君のもそうだが、その……」とはっきりしない物言いで言葉をつまらせる。 「ああ、幼女趣味のことですかあ? それとも、僕から賄賂(わいろ)を受け取ったことお?」 「…………っ! 探、君――」 「お、お疲れ様です警視総監!」 「お疲れ様です!」  六実が言いかけた時、目的地である部屋の前にいた二人の警官が敬礼と同時に挨拶をした。 「……き、君たち、何か聞いたかね……?」 青ざめた顔で六実は尋ねる。 「いえ、自分は何も」 「自分も同じです」  警官の言葉に六実は安堵しつつも、背中に冷や汗が流れるのを感じた。 「ところで、その……こちらにはどういった……」 「あっはあ。ここに来るってことはその部屋の中にいる人間に用があるってことじゃないですかあ。それすらもわっかんないんですかねえまったく」  ゴホン、と再び六実が咳払いをする。 「……君たちは下がっていなさい。こちらは探偵の(すぐる)君だ」 「……わ、かりました……」  二人の警官は何か言いたげな表情をしながら歩き出すが、「あの」と立ち止まり、振り向きざまに一人が呟いた。 「……警視総監、お気をつけて……」 それだけ言うと立ち去って行った。 「あっはあ。では、行きましょうかねえ」 「探君、本当にいいのかね?」 「はあ? 今更なにをお?」 「いや……」と六実は目を逸らす。探の態度に気圧されそうだった。  ピッとカードキーを通し、分厚い扉を開ける探の後に、六実も続く。  体育館の半分はあるだろうか。コンクリートむき出しの部屋の中央部には、12畳ほどの長方形部屋が横に3つ並んでいた。 それらは全面ガラス張りで、中の様子が丸見えだった。  部屋はリビング、トレーニングルーム、トイレと洗面台が一緒にあるシャワールームに分かれており、“監禁”というには充分すぎる品が揃っていた。窓はひとつもなく、代わりにいくつもの小さな通気口があるぐらいだ。    リビングルームには出入り口と思われる鉄の扉がカードキーと暗証番号で開くようになっていた。  誰かがシャワーを浴びているのか、水の音が聞こえていた。 「ムツミ警視総監、ここに来たことはあ?」 「初めてだよ。探君はどうかね?」 「あっは。僕もここに来たのは初めてです。警視庁の地下にこのような場所があるのは知っていましたがねえ。 それでえ、この方は“超凶悪犯罪者”……だとかあ?」  探はシャワールームに近づき、軽くノックをする。立ち込める湯気の中で、人影が水を止めるような動きをし、バンと手のひらを当てた。 「こんにちはあ。“コクボユウスケ”さん……ですねえ?」 「……んん、誰?」  男の声だ。手のひらのあと越しにこちらを覗き込んだその目は、暗い海の底のように濁りきっており、ぼんやりと二人ではなくその後ろを見ているように思えた。  長く目を合わせていると“人”として、何かが終わってしまいそうだった。まるで生気の感じられないその瞳に、六実はゴクリと唾を飲み込み、思わず視線を逸らした。 「僕は“探偵”の(すぐる)と申しますう。以後、お見知りお――」 「はあ? 何言ってっか聞こえねえよ。もっとはっきり喋ってくれる?」 「………このガラスは防音と防弾で分厚いからね」と六実が耳打ちしたのと同時に、探は無言で帽子を直す素振りをした。 「………探君。本当にいいのかね?」 再度六実が尋ねる。その言葉に、探は何も答えずリビングルームの扉にカードキーをかざす素振りをする。 「ムツミさん、暗証番号は6桁……ですかねえ?」 「あ、ああ。そうだが……」  六実が言い終わる前に探は慣れた動きで番号を打ち込み、ロックを解除した。 「番号は聞いていたのかね?」 「あっは! いえいえ、何も聞いていませんよお。適当に押しただけです。あ、靴は脱いだ方がよろしいですかねえ?」  そう言いながらもずけずけと部屋の中に入り、敷かれたマットを踏み荒らす。もちろん靴は脱いでいない。  探は部屋の中をぐるりと見渡す。 ソファ、テーブル、大きなテレビ、ゲーム類一式、こじんまりとしたキッチンと大きな冷蔵庫、この部屋はリビング兼キッチンルームのようだった。 「改めましてこんにちはあ。僕は“探偵”の(すぐる)と申します。以後お見知り置きをお」  にたあ、と全裸で頭を拭いている男に気味の 悪い笑みを向ける。 「探偵……ねえ。ああ、そっちのおじいちゃんは俺が捕まった時に見たことあるなあ」  男は言いながら眼鏡をかける素振りをし、探と六実の方へ、興味がなさそうにジトっとした視線を向けた。 「水も滴るいい男」の表現が似合うほどの端正な顔立ちに、しなやかにまとわりついた筋肉。よく見ると腹筋は6つに割れている。その上、180cmはあるだろう高身長。寝癖なのか癖毛なのか分からない髪からはポタボタと水滴が垂れていた。  男の目の下にはうっすらと(くま)が張り付いていた。それは生活の乱れやストレスなどで付いたのではなく、もっと根本的な、この男の内面が滲み出たかのような、そんな隈だった。 「あー……とりあえず服来てくれませんかねえ」  探に促され、男はソファに掛けてあったしわくちゃのTシャツと下着を履き、ソファに腰掛けた。 「……で、何か用? 一応、ここ、室内なんだけど」 「あっは。 すみませんねえ。しかし急を要するのでえ。 ではまずはお名前を言って頂けますかねえ。本人確認のために必要なので。あと年齢と主な犯罪も教えて頂けると助かりますう」 「ははっ。一丁前に探偵ごっこかな。名前は、君がさっき言っただろ? 石応…石応悠介(こくぼゆうすけ)だよ。年は……そうだな18の時に入ったから……今は23かな」 「資料によると主に爆発物を使っての殺人や殺傷事件などを起こしていたそうですねえ。小さいのも数えると軽く3桁は超えるとかあ……?」 「んん……? そうなのかな……。ちょっと覚えてないや、ごめんね」 そう言って男――石応悠介(こくぼゆうすけ)は他人事のように笑った。 「では本題に入ります。 コクボユウスケさん、ただちに僕の助手として僕と一緒に捜査に協力して頂きたい」 「探偵クン。それはここから「出す」ってことかな。それとも「出ろ」って命令?」 「両方ですよ」と探は言う。 「ははっ。そっかそっか。でもさあ、どっちにしても、俺がここから出る理由は無いんだよねー。決められた時間に起きて、時間通りに運動したり本読んでりゃ生きて行けるし、そりゃあここは全面ガラス張りでプライバシーもクソもねえが、慣れりゃあ結構満喫できるしなー」  六実は背中に冷や汗が伝うのを感じていた。これが石応の“本性”なのだろうか。六実の体により一層緊張が走る。 「それは、暴力を受けていても……ですかねえ?」  ピク、と石応の眉が動いた。「……ああ、調べたのか」 「コクボユウスケさん、あなたは高校の卒業式の時に「警視庁に自分の心拍と連動している爆弾を仕掛けた」とふざけた内容の爆破予告をしましたねえ? そしてそのままあなたは捕まり、ここで監禁されていた……何故か高待遇ですが。 しかし毎日のように続く取り調べという名の暴力行為……いえ、“拷問”と言っても間違いないですかねえ。 ………おやあ? ムツミさん、知らなかったの ですかあ?」 探は青ざめた顔の六実に尋ねる。 「………警察官が、暴力行為を……? そ、それは本当に………」  パチパチパチ、と石応が馬鹿にしたように拍手をした。 「いやあ、お見事お見事。さすがだよ探偵クン。でもなあ、ちょーっと違うんだなあ。 確かに取り調べ中に殴られたりしてるのはホント。だけどなあ、俺は別に嫌なんかじゃないよ。むしろ楽しんでる。いや、ドMとかじゃなくてね。 “市民を守るために毎日走り回ってる警察官が、俺なんかの為にわざわざ時間を割いて相手してくれる”っていう事実にさ、俺は心から楽しんでるし感謝してるんだよ。だったら、取り調べ中の短い時間だけでも、相手に楽しませたいって思うだろ? だから俺は爆弾の隠し場所を“言わない”んだよ。 取り調べ中の警官ってさあ、俺を殴ったりするけど、俺はそれが楽しくてたまらない。 だからさあ、永遠に続こうがいいんだよ。 もっと言うと、その暴力行為が原因で俺が死んだって構わないしどーでもいい。俺が死んだことで爆弾が爆発したとしても、それは俺のせいじゃないし悪いのは“俺を殴って殺した警察官”のせいだから、俺は悪くない」 「あっはあ! さすが超凶悪犯罪者! “爆殺魔”として世間で騒がれた人は言うことが違いますねえ! いやあ、素晴らしい!」 ――ガタン!と石応が机を蹴る。 「……探偵クン、そろそろ出て行ってもらおうか。俺はこれから“楽しい楽しい取り調べ”の時間だからさあ?」 「す、探君……」  脅しのような石応の言動になぜか六実が体を縮こまらせる。「……クソビビりが……」探は苛立ちまじりに呟いた。 「コクボユウスケさん、あなたにはある人物の監視とその方が犯した犯罪の証拠集めをお願いしたいのです。もちろん、常に僕と一緒――うぐっ!」  ガッと石応が右手で探の胸元を掴んだ。軍帽がパサと床に落ちる。石応の頭上よりも上に探の顔があった。探は苦しそうに呻くが、石応は手を離す素振りなど微塵も見せない。 「……あのさあ、探偵きどりのクソガキクン。俺は出て行けっつったよねえ? ……これで俺に殺されてもさあ、俺は悪くない。俺を怒らせた――」 「僕が…悪い…んですよねえ? あなたの…考えは……り、かい…出来ま、せんが……写、真だけでも…上着の…右ポケットに……」 「分かってんじゃん。まぁ写真だけならいっかな」  ゴソゴソと探の上着のポケットをまさぐり、二枚の写真を取り出した時、石応の表情が変わった。同時に探を掴んでいる手がパッと離れた。 「ゲホっ………! ゲホ、ゴホ……っ!」 「……探偵クン。ある人物ってこの二人?」 「そ、そうですが……。お知り合いが……?」  軍帽の埃をはらいながら探は尋ねる。 「知り合い……って言うか、会いたい人……かな。 うん、気が変わった。探偵クン、君の仕事を手伝ってあげるよ」 「……あっは。でえ、本音は?」 「俺がわざわざ手伝ってやるっつってんだからさっさと動けよクソガキ……かなあ」 「あっはあ。上等、です。……ゲホっ! しかしいくつか条件があります。 1つは“犯罪を犯さない”。2つ目は“探偵(ぼく)にだけは嘘をつかない”。3つ目は“警察と探偵に無条件で協力すること”です。それともうひとつ、あなたが何らかの形でこれらの条件を守れなかった場合は監視役である僕があなたをその場で“射殺”します」 「んん、いいよそれで」  石応は言いながら、ハンガーに掛けてあった黒いジップアップのロングパーカーと黒いパンツに着替え、のそのそと靴下を履き、ソファの横の靴箱から黒いブーツを取り出し、楽しみでたまらないと言ったような動きですばやく履いた。  その時、誰かの携帯電話が鳴った。 「すまない、私だ」六実はそのまま廊下の方へそそくさと逃げるように去って行った。 「……あのおじいちゃん、結構ビビりだったんだな」  石応は去って行った六実の後ろ姿を見ながら、すっかり乾ききった黒髪を小さく一つに結ぶ。 「コクボさん、これを渡しておきます」 「……何これ?」 「携帯電話です。僕とおそろいの。しかも最新型。僕の連絡先を入れて使えるようにしておきましたのであなたに差し上げます」 「……携帯……!? うっす……!」  最近流行っている薄っぺらい携帯電話を手渡され、様々な角度から見回す。その様はまるで、折りたたみ式の携帯電話から最近流行りの携帯電話を目にした人のようだった。 「あー、そうだ探偵クン、この写真の人の名前教えてよ」  名残惜しさなど全く見せずにガラス張りの部屋から出て行く石応。その後ろに探も続く。  “監禁”だとしても約5年ほどいた部屋に何の感情もわかないのだろうか、いや、そこが“超凶悪犯罪者”と言われる所以(ゆえん)か。なるほどワタヌキさんとは違う“異常性”、ですかねえ……と探はそれを見て眉をひそめた。 「一人は“ワタヌキカズキ”さん、もう一人は“セ――”」 「わたぬき? ……わたぬきかずきって言った?」 「え、ええ。言いましたが、それが何かあ?」 「ははは、そっかそっか、また会えるのか。 あ、こっちはいらないよ。返す」  廊下に出たと同時に探はため息をつきながら写真を受け取る。返された写真には30代と思われるスーツ姿の男が写っていた。 「コクボさん、ちょっと待って下さい」  探は思い出したように上着の胸ポケットからマジックを取り出し、右隣の部屋の扉に『予約済。ヤブキケンゴ』と書き込んだ。 「お待たせしました。では、上まで先導しましょう」 「いっひっひ。探偵クン、くれぐれも俺を怒らせないようにね」 「あっはあ! あなたもせいぜい、僕に脳天ブチ抜かれないように、気をつけて下さいねえ」 挑発のように言うお互いの目は笑っていなかった。 「……楽しみだなあ。また“買ってあげる”よ……『カズ』くん」  石応は探に聞こえないように呟き、四月一日が写る写真をべろお、と舐めた。
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