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10.月明の間
「ここからだと、二人では王宮内を移動するのは危険です。
外から最上階に行き、『月明の間』を目指すしかありません!」
二人は石牢を抜け出し、外部の城壁を伝って中央の巨塔の最上部を目指す。
「そこには何が?」
「王家に伝わる悪魔封じの祭壇があります。
ヘキサゴールは昔から『月影の悪魔』と闘いを繰り返し、王家の血をひく者だけがもつ力を用いて、最後にはそこへ封印をしていたのです。」
ルーイはリリーナを背負い左手の刃を利用しながら、わずかな足場に手を駆け上る。足場が無い所はリリーナが障壁魔法で透明な床を作って補った。
「ここまで来れば後はすぐそこです。中の階段から行きましょう。」
最上階にさしかかった時、ルーイは下の階から駆け上がってくる敵の気配に気付いた。
戦闘用ゴーレム、それに海洋生物のような鱗や鰭のある異形の化け物だった。
「ゴーレムの他にいるあれは…。あれが『月影の悪魔』か?
今この国はこんな奴らに支配されているって言うのか!」
「王家を裏切りユハーメド・アスラ側に就いた貴族達です。
こんな悍ましい姿の為に、悪魔になる事を選んだなんて…。」
ふと下を見ると、足下付近にはやせ細ったエルサハリアがヤモリのように塔の壁に張り付き笑っていた。
「見つけたぞ…。クソ憎い、クソゴーレム!」
皮膚は鱗爬虫類のような硬い鱗に覆われ、尻から伸びた蛇のような尻尾をしならせている。
「リリー!先に行くんだ。」
ルーイはリリーナを窓へ押し上げる。
「ルーイ!」
「後から行く!早く!」
ルーイはエルサハリアに引きずられバランスを崩す。
すぐに体勢を整え、落下を免れた。
ヘキサゴール城最上部・『月明の間』。
リリーナは上り階段をひたすら駆け上がった。
息を切らし、天人と月影の悪魔が彫り込まれた重い扉を押し開いた。
塔の開けた屋上は盆のような構造になっている。
ヘキサゴール城の王宮は真上から見ると、六角形の形状をしている。もともとヘキサゴール王家の祖先が退魔の意味を込めて、この様な天に伸びる程の高い塔に設計していたのだった。
六角形の6つの角には月に住むと考えられている聖獣と女神の像が置かれている。
更にその中央には大きな盃の様な形の石碑の設置された祭壇があった。
リリーナは迷わず祭壇に向かって走る。
石碑の後ろから何か黒い影法師のような人影が姿を現すのが見えた。
リリーナの表情は曇る。
「番兵の定期報告がなかったのでおかしいと思いました…。
で、ゴーレムと結託して大事な冠を運んで貰い、後は祭壇で事を済ますだけという所ですか。」
ユハーメド・アスラが杖を手にこちらを見る。
リリーナは立ち止まり、身構えた。
「やはり、あなたもご兄弟や他の奴隷のように魂を縛り生け贄になってもらいましょう。
ああ、最後のご子息が死んでしまった理由を考えて報告しないと。」
いつもの淡々とした口調であるが、仮面の穴からは鋭い怒りの眼差しが見えた。
ユハーメド・アスラは、杖から下水の淀みの様に黒い触手と雷を出し始めていた。
ルーイは息を切らし、身体を傷だらけにしながら相手のゴーレムを螺旋階段から突き落とす。
足下には悪魔達の屍が転がっていた。
右手のゴーレムから奪った銀のロングソードと左手の折れた刃は紫の血で染まっていた。
「はあ、これじゃきりがない。
ゴーレムは殺す訳にはいかないし、かといって気絶させるのも骨が折れる。」
(でも、リリーのお兄さんとお姉さん達に貰った力で何とか動いていられる。)
ルーイは戦いに疲弊しながらも、リリーナの兄弟姉妹達に感謝した。
「クソで出来た木偶人形め。お前は私が必ずコロス!」
トカゲのように素早い動きのエルサハリアが鉤爪で攻め入る。
城下で戦った時より力が弱まっているとはいえ、ルーイの体を引き裂くだけの怪力は残っているようだ。
イヤアアアアアアアー!
月明の間の扉の方から甲高い悲鳴が聞こえる。リリーナのものだった。
「リリー?!」
「ハッ、マスターがついにあのビッチをやったんだ!」
「奴が中に?!」
ルーイは攻撃をかいくぐり扉に向かおうとする。
そこへエルサハリアの腕からワイヤー付きの鉤爪が発射され、ルーイの左肩に食い込む。
「マスターこそ全能の神だ!
お前らの行動はお見通しなんだよ!」
鉤爪から伸びたワイヤーの張力を反動にして、エルサハリアが尻尾に付いた突起物を構えて素早く飛びかかる。
「お前もすぐにあのビッチの元に送ってやるよ!
そして私はお前の魂を吸って力を戻し、元の階級に戻るんだ!」
ルーイは激痛を堪え、突起をロングソードの柄で受ける。
身を躱しながら雄叫びを上げ、エルサハリアの頭に剣を振り下ろした。
叩きつけた重い刃が固い鱗を砕く。
エルサハリアの頭から血が噴き出し、目は半分飛び出る。
その目はルーイを睨んだままだった。
「神に逆らった罰、お前もアジ…ワエ…。」
エルサハリアが憎悪を込めた声で呻く。
ルーイは踵を返し、鉤爪を無理矢理外しながら急いで月明の間の扉を開けた。
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