12.太陽と血潮

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12.太陽と血潮

 儀式による一時的な夜が開け、ヘキサゴールは再び一日の始まりを迎えた。  月明の間からは完全に水が引いていた。  「終わったんだね。」  リリーナと一緒に城下を見下ろしていたルーイが呟く。  「ええ…。傷、まだ痛みます?」  「ううん。君の回復魔法で少し良くなった。  君こそ結構血を流したんじゃ無いのかい?」  「…大丈夫。」  「おーい!誰か!」  月からの特殊な水であったせいか、月影の悪魔以外の人や物は流されず無事であった。  入り口の扉の方から、ゴーレムだった人々が押し寄せる。  皆、忌々しい首輪や覆面を外し、近くにいた者と抱き合っていた。  先程まで敵対していた戦闘用ゴーレム達も正気を取り戻し、起き上がる。  周りは魂を取り戻した人々の歓声で溢れかえっていた。  「た、助かった…。  あのでっかい紫の石の中から抜け出して自分の身体に戻れたんだ!」  「あの悪魔のような貴族達もいなくなっている。」  リリーナが群衆の前に歩み寄る。  身体はボロボロだったが、いつものしとやかな所作だった。  群集が騒めく。  「皆、ご無事で何よりです。  私は、ヘキサゴール第三王女、リリーナ・キャロリング・ヘキサゴール。」  「ヘキサゴールの王女だって…?」  ゴーレムだった一人が小声で呟く。  「そうですね話せば長くなりますので手短に。  ヘキサゴールは『月影の悪魔』の進行により、一時王家は混乱に陥れられていました。  その結果、皆様や我が一族はこのような苦渋を仕入られることとなってしまいました。」  俯くリリーナ。王家の罪を民に伝えなければならないことに心を痛めていた。    「しかし、安心してください。  私達を縛った悪魔はもうこの場所にいません。  ヘキサゴールの月神の力と友人の協力によって全ての悪魔が洗い流され、地底に消滅しました。  ゴーレムも、呪う魂のエネルギーシステムも、もう必要ありません。  貴方達はもう自由です。」  「解放されたってことか?」  「…でも故郷はもう無い。急にそう言われてもどうすればいいんだ。こんな女の子がそんなこと言っても。」  一人が悲しげに言う。  「その子に非はない。償いは私の責任だ…。」  群衆の後ろから、王冠を被った壮年の男が現れる。  「リリーナ様ー!よくぞご無事で!」  「私達はゴーレムに変装して反撃の時を待っていたユハーメド反対派です!」  「国王様が正気に戻られましたので。ご案内に参りました。」  王冠の男の後ろから新たに、生き残っていた家臣達が駆け寄る。  「お父様、伯爵達…!よくご無事で…。」  リリーナはヘキサゴール王の手を握る。    「我を全てを許せとは言わぬ。  帰る場所のない民は我が国の民として支え、傷つけられた国は我が同志として今後も支えよう。いずれの者にも選択の自由を与える事を約束する。」   ヘキサゴール王は力強く言い放った。  先程まで傀儡にされていた身とは思えぬ様な、気高さであった。  人々は再び歓声を上げた。  「先立った我が子よ。リリーナ。そして異国の騎士よ。  …ありがとう。」  歓声の中、王は目を閉じ呟いた。  リリーナはホッと一息つく。  「これで、大丈夫?」  「いえ、これからやることがたくさんあります。  ヘキサゴールに裏表のない平和のない国にする為に、一から立て直す必要があります。  それに奴隷にされた人々の国も私達が支えなければ…。」  「終わりじゃなくて始まりか。」  「それでもなんとかなりますよ。   だって、私たちは生きてますから。」  リリーナは優しい表情で、少し悲しげに月の冠を抱きしめた。  「そうだね。ここまでこれたのも大切な人達のお陰だね。」  リリーナが家族を思い出すように、ルーイもまた赤い石を握った。   ふと、リリーナが心配そうにルーイとその他のゴーレムを見つめた。  「ルーイ。あなたの身体は…。」  「分かってる。この身体はユハーメド・アスラ本人でも戻せなかったと思う。  でも、いいんだ。他のゴーレムも魂が戻って、人の心を取り戻した。みんなの命を脅かしていた首輪も外れた。  それに、姿が元に戻らなくてもまだ命と魂がある限り…僕は僕だ。」  ルーイは優しげに、左手の刃を見つめた。鉛色の兜で顔を覆った今の自分が映る。  「…それでも方法を見つけるのは諦めませんよ。」  リリーナはルーイの左腕にそっと触れ、無垢に笑った。  「…リリー。僕ここに残るよ。  故郷はもうないけど、今は新しい国を作ろうとしている君を守っていきたい。  そしてここが新しい故郷だって思えるようになるように。」  ルーイはしゃがんでリリーナと視線を合わせた。  「ありがとう。」  リリーナはルーイ兜を少し上げて、顎のあたりに接吻した。  ルーイは最初驚いていたが、リリーナを抱き上げた。  幼い子供に戻ったかのように無邪気に笑って戯れる二人。  「さあ。折角会えたんだ。お父さんの所に行って来なよ。」  ルーイに促され、リリーナは振り返りながら王の元へ歩いて行った。  ルーイは、日の光で煌々と輝く地上の景色を見渡した。  あの魂を囚われてた時や橋の下に住んでいた時では想像できなかった感覚。  新しく掴んだ世界。大きく、温かい、愛おしい、懐かしいものと感じる感覚。  ルーイはガントレットを外す。  そして赤黒い肌の右手を太陽の光に透かし、微笑んだ。 <完>
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