4.罪

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4.罪

 深い暗闇の中、ふと一本の赤い光の帯が漂い、入り口を出て行くのが見えた。    リリーは上半身を起こし、光の帯を目で追う。  光の帯はルーイの首輪に留められた紫水晶から出ていた。  過去の悪夢にうなされるルーイの体からは冷や汗が流れ、呼吸は荒くなっていた。  「…ルーイさん?どこか具合が悪いんですか?」  リリーが側に寄り、ルーイの肩を軽く叩く。  「…嫌だ!!」  ルーイは一時的な痙攣の後、口を開けたままになった。  「ルーイさん!?」  リリーはどうにかルーイの巨体を押して、仰向けの楽な姿勢にしてやる。  「…呼吸を楽にします。被り物、少し上げますよ?」  「…!」  リリーはルーイの下顎を上に向け、被っているズタ袋の覆面を鼻が見える部分までめくった。    リリーは一瞬目を丸くし、手を止めた。  継ぎはぎの赤黒い皮膚と異常に腫れあがった筋肉が見えた。ルーイの顔は人間のものとは程遠かった。  しかし彼女はゴーレム特有の容姿なのだと考えたのか、それ以上は迷う素ぶりを見せず直ぐに応急処置を続行する。  ルーイは慌てて顔を覆おうとしたが、腕が上がらない。  リリーは優しく微笑み、ルーイを落ち着かせようとする。  「大丈夫。これ以上は取ったりしないわ。  目をつぶって力を抜いて。」  一向に呼吸が安定しないルーイ。  リリーは再びポケットから三日月の冠を取り出し、小声で神への言葉か何か唱える。  そしてルーイの口を自分の口で塞ぎ、優しく息を吹き込んだ。     肺の機能を正常化し、呼吸を安定させる治癒魔法のようだった。  ルーイは何が起きているか分からず、身を固くした。  やがて、ルーイの呼吸が先程より安定し、リリーはそっと彼のズタ袋の覆面を元に戻した。  「な、なんで余計なことをしたんだ…。僕は!」  ルーイはリリーに背を向けるようにうつ伏せになり、泣きそうな声で言う。  リリーに見られない様に隠しながら、恐る恐る覆面ごしに自分の唇に触れる。  「…も、もう大丈夫だ!寝てくれ。」  ルーイは無理矢理に平然を装う。  「でも、まだ苦しいんでしょう?…それに首から出ているこの光、危険なんじゃ…?」  「どうでもいいんだ…。」  「いいえ!明らかに良くないご様子だったんですよ!」  ルーイはリリーを突き放した。  「いいんだよ!どうせもう少しで死ぬんだ…。」  リリーは目を丸くし、息を飲んだ。  「…どういうことですか?」  「君たち市民は知るはずもないか…。  僕ら『ゴーレム』は使い捨ての道具。もともと短い命なんだよ。」  「使い捨て?」  「…外の死体たちを見なかったのか?」  ルーイは立ち上がり、光の帯が漂うトンネルの出口に向かう。    彼を気遣うようにリリーが後に続く。    外の用水路は月夜に照らされ、橋下の排水溝内より明るかった。  明るいのは月夜だけではなかった。  用水路のあちこちから光の帯が漂っているのが見えた。  その帯の先には様々な大きさのゴーレムがいた。  どのゴーレムも力なく下水に突っ伏している。  「ここに来る前に見た人達…。」  「用済みになったゴーレムだよ。」  彼らの首輪からルーイと同じ様な光の帯が出ている。  彼らは苦しそうに呻いている。まるで亡霊のようであった。    光の帯は一つの場所に集まっていく。  用水路の上にある、街灯のようなものに灯りを灯すように渦を巻きながら吸い込まれる。  「ほら、あの装置が首輪を通して僕らの命を吸い取るんだ。じわじわとね…。」  ルーイが街灯のような形の装置を指差す。  「僕らは故郷をヘキサゴールに侵略され、捕虜としてその城へ連れて来られ、首輪を付けられた。  その時から『魂』はあの城に捕らえられて奴隷になったんだ。」 「それじゃ『ゴーレム』は魔法で出来た土の人工生物でなく、…人間?」 「そう。特に奴隷の中でも若くて丈夫な体を持つ人間は戦争用の『ゴーレム』に作り変えられる。  僕もその一人だった。」  ルーイは力なく語った。  自分の歩んだ道にはもう無関心だと言うかの様に、疲れきった表情を浮かべる。  「ゴーレムは病気や怪我、衰弱で使えなくなるまで城や戦場で働かされて、役に立たなくなったらみんなここに投げ込まれて、首輪に残りの命を吸われて、迫る死に抵抗できずただ苦しみながら…、静かに息絶える…。」  ルーイはまた俯く。口を噤んだ彼の手は震え、悲しみと怒りが静かに漂っていた。  「そんな、まさかこの国以外の誰かが命を枯らしていたなんて…。  それもこの国で…。」  「国民が知らないなんて笑わせる…。」  リリーは改めてゴーレムの群れを見回し、耐え切れずルーイにすがった。  「あなた達を、助ける方法はないんですか?」  「助ける?面白い事言うな。」  苦笑いを浮かべながら、吐き捨てるように言った。  「なぜ?だって…こんなことが当たり前のように行なわれているなんて…同じ人間を道具のように扱うなんて…。  それに優しいあなたが同じ扱いを受けている!」  リリーはのたうち回る奴隷を指した。  「逃れられるならとっくにしている。みんな自分の魂を奪われているんだ。  あいつには…『ユハーメド・アスラ』には逆らえない…!」  その名前を聞いた時、俯いたリリーの顔には敵意を込めた鋭い表情が浮かびあがっていた。  「奴隷としての仕事と苦痛を感じる以外に、救われたいと考える力さえもう残っていない…!  抜け殻…。死んだも同然なんだよ…。」  「待って…それならなぜ、同じゴーレムであるあなただけ彼らとは違うの?!  他のゴーレムにされた人達と違ってこうして話ができる。まだ感情がー、魂がある…。  あなたの心は生きているわ…!」  ルーイは怯えたような表情をリリーに向け、震える自分の右手と、折れた刃のついた金属の左腕を見つめた。  彼の妹がくれた赤い石のネックレスが揺れ、煌めいている。  「僕は…、僕だけ魂が戻ってしまったんだ。」  ルーイは想いを押し殺そうとしたが、彼の記憶の中にあるとある光景が過り、その想いに歯止めが利かなくなった。  「でも、戻らない方が良かった!!」  左腕を地面に叩き付け、叫びを上げた。  「この忌々しい『化け物』の姿と首輪はそのまま、一人じゃ仇も取れず、衛兵や街の人に怯えて暮らす…。  何も変わらない…!」 「それに…!思い出してしまったんだ!自分がしてしまったこと…。」 *  ーゴーレム達がルーイの故郷である砂漠の集落に侵入し、老若男女構わず知人や友人を刺し殺し、引きちぎり、時には捕らえて袋に押し込こむ。  ゴーレムの不気味な雄叫びと人々の断末魔が飛び交い、血の匂いと熱気でむせ返りそうになる中、震えてしゃがみ込んでいる原住民の少女がいた。  その少女に一人のゴーレムが近づく。    そのゴーレムは刃の付いた金属の左腕を持ち、紫水晶が付いた首輪と共に、赤い石のネックレスを首に巻き付けていた。  ネックレスは紐の長さが異様に短く、今にも切れそうであった。  ゴーレムに気付き、その赤髪の少女は立ち上がる。  その時、ゴーレムは既に少女まで1mに距離を詰め、左肘を後ろに引き、突きの構えを取っていた。  少女は両手を伸ばす。  「そのネックレスは!もしかして…!?」    少女の細い体に分厚い刃が突き刺さった。    ゴーレムの付けているネックレスの紐に手をかけていた少女の腕が、力なく滑り落ちる。  紐は切れ、一瞬金属の首輪の紫水晶とネックレスの赤い石がこすれ合った。 「会いたかった…、『ルーイ』お兄ちゃん…。」  少女は笑顔を崩さず口の端から血を流した。  そして、ネックレスを持ったまま動かなくなった。  名前を呼ばれたその時、首輪の紫水晶にヒビが入る。  ゴーレムは思い出してしまった。  自分の名前はルーイ。  そして目の前の少女は『ムイリ』。  故郷に残してきた妹だった。  自分の腕の刃が、このような姿にしたのは自分だと悟る。    ルーイは刃をムイリから引き抜き、震えながら血まみれの彼女を抱きしめ嗚咽したー。 *            「妹を殺してしまった後、『ゴーレム』にされてから記憶されていた光景と一緒に自分の意識が戻ってしまったんだ。  いや妹だけじゃない、無意識に自分がしてしまった罪の無い人への殺戮…。  まるで、こんな姿になった僕にこれ以上の悲しみを背負わすためだけのように…!」  ルーイは手の平から血が出るまで赤い石を握りしめた。  「…いっそあのまま魂なんて、心なんて戻らなくて良かったんだ。」  ルーイは魂を吸う街灯に向かって駆け出した。  ルーイから伸びる光の帯は太くなり、悶え苦しみ始めた。  「ルーイさん!血が…!」  リリーは傷に触れようとするが、それをルーイが払い除けた。  「もういいって!このまま静かに死なせてよ…!」  搾り出すように弱々しく、泣き出しそうな声だった。  リリーしばらく言葉を失っていた。耳を塞ぐ。  しばらくして、ぽつりと呟く。  「…ルーイさん、全部無駄じゃないわ。」  ポケットから何か光る物を取り出し額に載せた。  治療の際に取り出していた、あの三日月の冠のようだった。  月明かりがリリーを包み込み、白い蛹の様にして発光させる。  ルーイは一瞬視界を失った。
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