8.月影の生贄

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8.月影の生贄

 ルーイはエルサハリアとの戦いの後、衛兵や住人の目に触れない様に暗闇や物陰に隠れながら移動する。  顔にはとりあえず落ちていた麻袋に覗き穴を開けて被っている。  裏路地に入り、道の端にある細い用水路を見つける。  何を思ったのか地面に伏せてその蓋に耳を押し当てる。そして、立ち上がって道の反対側の用水路でも同じ事をし、また立ち上がってその用水路を辿って走り出す。  暫く行くと壁に排水溝が開いている場所に辿り着く。  それはルーイがギリギリ体を入れることが出来る大きさの穴だった。  「水の音がなかったからやっぱり。  こっちの道はまだ水が来ていない。ここから行こう。」  ルーイは匍匐でその排水溝に入った。  食べ物や最低限必要な物を探しに行く時に、たまにこうして排水溝を通って橋の下から街まで移動していたのだった。  ルーイは橋の下の隠れ家の近くまで辿り着いた。  しかし、隠れ家に出るためのレンガの蓋を外そうとして手を止める。衛兵たちの声が聞こえて来たのだった。  (僕の住処が見つかってしまった。もう戻れない…。  これからどうする?)  「おい、ユハーメド・アスラ様から直々に緊急命令だ。」  ルーイは蓋越しに聞き耳を立てる。  「その場で射殺の命令が出ていたここのゴーレムだが、奴が持っていると思われる『王家の冠』を回収しろとのことだ。  まだ近くにいるはずだ。増援も後で来るから必ず見つけ出せ。」   (『王家の冠』?)  「そうだ。こんな枯れた水路だが、特にこの辺のエリアは念入りに封鎖しろ。…詳しい理由は分からん。」  ルーイは衛兵の足音が遠ざかるまで息を殺した。  (こっちに来るかも知れない。とりあえず奥へ進まないと…。)    ルーイは取り敢えず、数ある排水溝の入り口から遠ざかる様に更に奥を進んだ。  今まで来たことのない道。  元々複雑に入り組んで分かりにくかった水路。道に迷うのは時間の問題だった。   やがて行き止まりになる。  「あっ…。うっ、うう…。」  エルサハリアに付けられた傷が痛み出し、ルーイはその場にうずくまった。  それを皮切りにルーイの首輪が再びルーイの命を吸い始める。  冷汗が流れ、息が切れる。  しばらく休み、呼吸を整え再び歩き始める。  「立たなきゃ…。」  不意に、自分の手元が明るくなり驚く。  月の冠がぼんやり青白く光っていたのだった。  行き止まりの壁の近くに、錆びた六角柱の台座があるのが目に入った。台座には三日月型の窪みがある。  「ヘキサゴール、ヘキサゴン・六角形、そしてこの月の冠を持っていたのは王女であるリリー…。  まさか…。」  ルーイは台座の窪みに冠をはめてみる。  すると台座の下部にあった歯車が回り出して何処かに繋がった錆びたチェーンを引く。  行き止まりの重い壁が上に引かれ、道が開かれた。  「王族か何かの隠し通路?」  恐る恐る進んだ先は古い地下牢だった。  独房が円を描くように設置されている。  「ここは…、ゴーレムに変えられた後に一時閉じ込められた覚えがある気がする…。  まさか僕はあの橋の下からヘキサゴール城に来てしまったのか…?  …いや、いずれは来なきゃいけなかったはずだ。  とにかくリリーを探さないと。」  ルーイは独房の中央にある奈落を覗き込んだ。   近くには奈落に続く石の螺旋階段があった。  絶え間なく滴る水の音。気が狂いそうな真っ暗闇だ。  再び月の冠が光りだす。    それに共鳴するように奈落の底で5つの青白い光りが灯った。  光りの正体は5つの水槽で、水が青白く光っていたのだった。  水槽の中には一人ずつ、管やベルト、仕組みの分からない魔法器具で複雑に縛られた男女が入っていた。  男女5人は裸で痩せ細り、身体の皮膚の一部が剥がされていた。  黒い袋を被せられて顔はわからない。  「拷問器具…。ユハーメド・アスラの犠牲者か。生きているのか?それとも…。」  『オ…ガ…。』  人の声が聞こえた。  なんと月の冠から発せられている音だった。  ルーイはおそるおそる冠に耳を近づける。  『…良かった。聞いてくれた。』  若い女の声だった。  こちらの話が通じるか分からないが、ルーイからも話しかける。  「あなた達は?」  『私達は皆ヘキサゴール王の子供。  今は「月影の悪魔」達に捧げられた生け贄ですが。』  違う女の声が聞こえる。大人っぽく、おっとりとした声だった。  「つまりリリーのお兄さんと、お姉さん?。   月影の悪魔?生け贄って?」  『月海の底の淀みに住む悪魔だ。我々の先祖は太古から奴らの力を抑えながらこの国を統治して来た。  今の我らに時間がない。どうか妹リリーナに手を貸してやって欲しい。  ヘキサゴールを元に戻すために。』  次に若い男の声が言う。 「言われなくてもそのつもりだ。…そのために、体がちゃんと動きさえすれば。」 『月の冠をこちらへ。』  品のある別の女の声が言う。  ルーイは下層に降り、水槽の前に立ってリリーの兄弟姉妹達に向けて月の冠を掲げる。  水槽をすり抜け、天女のようなものがルーイを囲んで、手を取り踊り出す。  月の冠が泡を漂わせながら七色の温かな光を放つ。  ルーイはその温かい光に触れる。  今までの身体の痛みが消えるようだった。    『これが、私達一族に残された最後の魔力が彼女を守るのに役に立つはず。  「月の光」を見方にして。それが王家に伝わる「退魔の力」になるわ。』  大人っぽく、おっとりとした女の声が言う。  『もはや、この城は乗っ取られてもはや奴隷以外の人間はいないわ。  残りは悪魔。油断しないで!』  若い女の声が言う。  「その前に、あなた達は?助けられないの?」  『いいんだ。我らの身体は悪魔を強くする為のエサに成り果て、ほぼ全てをしゃぶり尽くされた。  だが、魂は今君やリリーナと共にある。』  若い男の声が言う。 『可愛いリリーナ。よりにもよって一番幼いあの子に全てを背負わせる形になってしまったわ。』  幼い少女の声が言う。  『どうか、二人とも気をつけて。   ゴーレムのあなたも…。   前だけを見て。辛い運命を自分の新しい喜びに変えるのよ。』  月影の巫女の身体は、水槽の下層の穴から現れた牙の生えた魚のようなものに食いちぎられ崩れる。  「リリーのお兄さん、お姉さん!!」  ルーイは水槽を叩く。  水槽の水は凝固し、紫の結晶となった。  ルーイは震える手で冠を握り、走り出した。
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