9.誓い

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9.誓い

 ヘキサゴール城の天辺に近い位置に枝分かれする様に伸びる細い塔があった。  小さな窓だけがある小さな石牢だ。  石のベットの上でリリーナは虚ろな目で膝を抱え、窓から入る一筋の日の光を見つめていた。  手には拘束具が付いている。  牢の外側には監守役に鉛色の鎧兜を着込んだゴーレムがいた。    また一人同じ姿をしたゴーレムがやってくる。  「待って、君を殺したくないんだ。僕と同じ…。」  監守のゴーレムは壁に頭を打ち付けられ倒れる。  やって来た方のゴーレムが鍵を開けてよろめきながら入って来る。  ゴーレムは兜を外した。ルーイだった。  「リリー、僕だよ!今すぐここから出よう!」  リリーナは焦点の定まらない目でルーイを見つめ、首を傾げた。  「ユハーメド・アスラ様?もうお姉様達とお茶の時間?」  「ルーイだよ!リリーどうしちゃったの!」  ルーイはリリーの肩を掴み揺さぶった。  ルーイは懐から月の冠を取り出して手渡した。  磨かれた冠にリリー自身の姿が写る。  その輪郭は徐々に変化し、自分の幼い時の姿が写し出される。   「これは…。」  五人の兄弟姉妹と父・ヘキサゴール王との団欒の思い出だった。  「にい、さま…、ねえさま…。おとうさま…!」  リリーナの目からポロポロと涙がこぼれた。    そしてルーイの存在に気付き、ルーイの胸に頭を垂れて嗚咽した。  「地下に囚われていた君のお姉さんたちが、力をくれたんだ。」  「今どこに!?」  ルーイは申し訳なさそうに首を振った。  「あの人達は僕と冠に力を託して…、消えてしまった。」  「…嫌!最後に顔も見れてないのに!先に行かないで!  カール兄さん!フローラ姉さん!マリー姉さん!シルヴァ姉さん!ソフィア姉さん!」  リリーナは冠を抱きしめ、泣き叫んだ。  ルーイはリリーナの肩をそっと包み見守った。  「…ありがとう、もう大丈夫。」  暫くしてリリーナは静かに涙を拭き顔を上げた。  「リリー。無事で良かった…。」  「ルーイさんこそ、ご無理をなさって…。  見つかったら、あなたはまた魂を奪われてしまう。  いや、もっと悪ければ今城中にいる月影の悪魔達に殺されてしまうかもしれないのに…!」  ルーイは片手で月の冠を持つリリーナの手を包む。  「それは君もじゃないか。」  「でも…。」  ルーイはリリーナと目を合わせた。  「リリー、僕は冠を返しに来たんだ。  君は王宮に向かう時、大切な人との思い出が入った大切なこれを僕に託していった。  それは君がユハーメド・アスラと刺し違える気でいたからだ。」  ルーイの囁くような優しい声が、悲しみを抑えるかのような声色に変わる。細めた目は潤んでいた。  「…でもね、君一人が命を落とすなんて駄目だよ。」  ルーイが泣き止まない幼い妹を抱きしめるように、リリーナの体をしっかり抱きしめた。  使命感で押し殺していた恐怖や、誰かに頼りたいと言う感情がリリーの中で湧き上がる。  しかし、今までと同じように家族や家臣の死と、自分が唯一動ける最後の王族と言うプレッシャーがまたそれを押し殺す。  「ルーイ、ありがとう…。  それでも、これが私の使命なの。  ヘキサゴール王家の生き残りは事実上もう私しかいないから。」  ルーイはリリーナの手を強く握った。  「一緒に戦うよ。  せっかく君が僕に再び誰かを守ろうと立ち上がる勇気をー、残りの命を精一杯生きるための勇気をくれたんだ。  だからどうか、生きて。  僕だけじゃない、君のお姉さんたちもそれを願ってた。  僕に笑ってくれたように、もっといろんな人達の前で笑っていて欲しいんだ。」  ルーイの言葉にリリーナは再び目を涙で潤ませる。  リリーナは再び涙を拭き、月の冠を掲げた。  「私は、王家の使命を果たしながら生きていいんでしょうか?」  「当たり前さ。   最後に王女様が救われず死んじゃう物語なんて悲しすぎるもん。」   ルーイが頷く。   「では、一緒にヘキサゴールを救ってくれますか?」  ルーイは跪き、腕の刃を胸に掲げた。  「ありがとう。ありがとう…。ルーイ。」  優しい眼差しを向けると、リリーナはルーイの額に自分の額をつけて目を閉じた。
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