1.橋の下の巨人

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1.橋の下の巨人

 金色の朝日が、森、麦畑を照らす。  その先には堀に囲まれた白い巨城のシルエットが見える。  塀に囲まれたそれは、城というよりは塔に近い形状だった。遠くの山が低く見える位の高さがある。  ヘキサゴール城。  別名『月神の御柱』『月海の滝』と呼ばれ親しまれている。  朝日が昇り終わると、城のあちこちで光っていた街灯が一斉に消える。  城下町の入り口ではと郊外を繋ぐ城門が開き、そのまま堀を股がる橋になる。  門兵が場内から出てきて開門を待っていた交易商の城門手続きを始めている。 ふと見ると、交易商の他に、大きな檻状の荷馬車に奴隷を乗せた奴隷商人も見られる。  彼らは肌色の暗い30人程の老若男女達で、すし詰めにされながら檻の隙間からヘキサゴールの塔を見上げている。  その目には暗く影が落ちていた。  城下町に入ると、ヘキサゴールの平民達が各々の生業の支度をしていた。  洗濯を干す者、井戸の水を汲む者、市場へ荷を運んで店開けをする者、忙しく動き回る大人達に紛れて元気に駆け回る子供達。  城全体はいつものように目覚め、賑わい始めていた。  石畳の道の真ん中でかけっこをしている子供が2人ー。ふざけ合い無邪気な笑い声を上げている。  しかし、先頭を走っていた子供が黙り込み顔を上げて急に立ち止まる。  後方にいた子供も異変に気付き表情を曇らせる。  周りにいた人々も険しい表情を浮かべ、家や道の端に避難する。子供たちは急いで駆けつけた母親に抱えられ、近くの路地に避難させられた。  子供達や人々が見ていたものー。  頭からつま先まで全身に無骨な黒い鎧を纏った大男の軍列だった。  背は人間の大人より二回りも大きく、木の幹のように太く発達した四肢を持っていた。    それは城門に向かっていた。  砂埃を舞い起こし、喧しく鉄のブーツの靴音を鳴らし、規則的にひたすら無言で前を進む。  城門を越えた時、大男達は槍と盾を叩き鳴らし獣のように重く醜い声を上げた。 「…お母さん。」  先ほどの子供が怯えながら母親の服の裾を掴む。 「ええ、ゴーレムの軍団よ。他所の国へ戦争に出かけたの。」  親子は寄り添い、『ゴーレム』の咆哮が遠くなるまで城門への道を見つめていた。  怯える子供達のいる路地の奥。  そこには下水が流れるレンガの大きな用水路があった。  しかも20メートル程の幅があるそこには死体があった。  それもただの死体ではなかった。どれも顔全体を覆う黒いズタ袋を被り、人間の大人より二回りもある身長に歪に発達した筋肉を持ち、皮膚は継ぎはぎだらけだった。  また、首には小さな紫水晶が留められた金属の首輪を付けていた。  ふと、この異様な空間に一人の少女が駆け込んできた。  10代前半位のその少女は、波のように揺らめくブロンドの髪を2つに束ねた町娘だった。しかし、町娘にしては顔立ちが整っており、透明感のある美しさを漂わせている。  階段で用水路の中に降り、死体を避けながら奥に進む。 幸い下水の水位は足首より下だった。息を切らし、どっちに進むか困った様子だった。  後方から追跡者の声が聞こえる。    焦っている少女の前に用水路に架けられたレンガの橋が見えた。   そして丁度その橋の付け根の下部には排水の機能を果たしていると思われる入り口とも言える穴があった。  急いで少女はその隠れるのに都合が良さそうな入り口に向かって走り始めた。  真っ暗で中の様子がわからない空間。  少女は一瞬躊躇したが、追跡者の声を遠くに聞いて中に飛び込んだ。  「やっ!」  暗闇の中で何かにぶつかって少女は尻餅をついた。  どうやら少女の二倍程の背丈で人の形をしているようだった。  「こっちか!?」  背後からヘキサゴールの衛兵が用水路までやってきたのが見えた。他の場所を探す時間はない。  少女は覚悟を決め、ぶつかった人影をすり抜け更に奥へ走り出した。  下水と砂利のぬかるみに足を取られながら少女は奥へ走り続ける。  人影も追って来る。  やがてレンガが崩れて外の光が差し込む場所が見えた。  その付近にはツタが生い茂り、ガラクタが置かれていた。そこから先は水路が狭まり進めそうにない。    人影は少女の手を掴み引っ張った。  両手を掴んで自由を奪う。  人影は抵抗する少女をおどおどしながら持ち上げ、出口の方向に立たせた。    一筋の光に照らされて人影の本当の姿ー、顔全部を覆う黒いズタ袋を被った大男の姿が露になる。  普通の人間にはほど遠い2m近い身長に、歪に発達した筋肉を持ち、皮膚は継ぎはぎだった。  首にはヒビの入った紫水晶が留められた金属の首輪を付けている。  どうやらこの大男も『ゴーレム』の様だった。  「あなた…。『ゴーレム』?」 と少女が聞く。 「で、出てけ!さっさと出て行け!」  ゴーレムは少し震えた声で怒鳴った。  見た目に反して変声期を終えていない少年のような声だった。 「あなたのお家に勝手に入ってしまってごめんなさい。  でも私は追われているの。少しだけ隠れさせてくれませんか?」   ゴーレムは少女の言葉を遮るように飛びかかり、片手で首を掴み詰め寄る。  ズタ袋の目のあたりに穴があり、何となく威嚇の表情をしていることがわかった。しかし、手は震えている。 「で、出て行か無ければ、殺して静かにさせる…!」  少女は何も言わない。  眉間にしわを寄せ、ゴーレムは手に力を込める。  少女は一瞬苦しさに喘いだが、不意にゴーレムに頬笑みかけた。 「いいわ。終わらせて。」 「…!」  ゴーレムは手を離し、怯えたように泣きそうな声を上げた。  少女は体勢と息を整える。  「そんな、震えた手じゃ人は殺せないわ。」  後ろ向きでも、前向きでもない、しかし安らかな笑みと口調だった。 「君は…、そんなに死にたいのか?!」 「外の『あいつらに』捕まって死ぬ以外なら。ある意味そうかしら。」  少女は臆せず、子供に頬笑むかのような優しげな表情のままだった。しかし、その遠くを見透かすような視線はどこか悲しげだった。   ゴーレムは呼吸を乱し一瞬立ち尽くしたが、もう片方の腕を振り上げた。  暗くて先程は分からなかったが、それは厚い金属でできた無骨な左腕だった。  腕と言っても指は無く、肘から先は折れた幅広の分厚い刃が付いていた。 「お願いだ…!僕に、関わるな…!」  ゴーレムが強い口調で言う。  震える腕を少女に振り下ろそうとした時、小さく光る何かが地面に落ちた。 「あ…、ああっ!  どこだどこだ…!?」  ゴーレムは大急ぎで地面を触って探し、落ちた物を拾う。  赤い石の付いた麻紐のネックレスのようだった。  それを左手の手頃な突起部分に何度も括り付けようとするが上手く行かない。  少女は立ち上がり、ゴーレムに手を差し伸べた。  「片手では大変でしょう。」  そう言ってそっとネックレスの紐を摘み二重にしっかり結んでやった。  ゴーレムは一瞬追い払おうとも身構えたが、結局心配そうにしながら見守った。  「これでほどけないわ。」  ゴーレムは腕の括り付けられたネックレスに恐る恐る触れ、愛おしそうに見つめていた。  やがて身を震わせ、ズタ袋の穴から一滴の涙を落とした。  「ムイリ…!」  ゴーレムは絞り出すように誰かの名前を呟き、嗚咽しながら膝を突いて地面に突っ伏した。
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