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僕とこの少女は双方とも待ち時間を持て余していたため、深くのめり込まない程度に自己紹介をし合ってみたところ、この少女は樹想花音舞という名前で、近所にある中学校に通う中学二年生、テニス部に所属していて、チーム内では「テニス部の忍者」の異名を持っているそうだ。
もちろん僕も一通りの自己紹介をした後、自宅警備員という唯一無二の個人情報を伝えたが、盛大にドン引きされたので、正直言ったことを後悔している。
「自宅警備員の良立暮さんは、なんでこの病院に通院しているんですか?」
自宅警備員言うな。失礼だぞ。(そう言うお前は親に対して失礼だ。)
自宅警備員は兎も角として、僕は初春のダイブ、必死のダイブに成功、あるいは失敗した挙句の果てにここにいるのだ。
「初春のダイブ? あぁ、プールで飛び込みの練習をしていて、落っこちちゃったんですね」
花音舞ちゃんは笑顔でそう答えた。
「因みに花音舞ちゃんはどうしてこの病院に来たんだい?」
僕はこの疑問を口に出すべきでは無かった。この疑問を口に出した瞬間、花音舞ちゃんから笑顔が消えた。
──彼氏が死んじゃったんです。
花音舞ちゃんの声が僕の体内で響いた。何も無い空間から響くような、反響した声が。
「彼氏が死んでしまって……。それ以来なんというか……」
花音舞ちゃんは目線を落とし、両手で胸をなでながら、憂鬱げな表情で言った。
「あっと、ごめんね。辛いことを思い出させちゃって……」
彼女にとって思春期であるこの時期は心身が大きく発達する人生の中でも重要な時期だ、そんな中、彼氏が亡くなることは彼女の心にとってとても大きな負担になっていることは間違いない。
「いえ、良立暮さんは謝らなくていいんです。診察の際に思い出すことにはなるんで」
大人二人がやっと収まる程度の小さな待合室に高濃度の気まずさが充満する。
そんな現状を打破するかの様に大きく待合室のドアを開けて、ハートの看護師さんが僕に吸引の準備が終わったことを告げる。
「良立暮さん、準備ができました。吸引室においで下さい」
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