02.おはようございます

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02.おはようございます

 目を開けると、碧眼がシオンの意識を吸い込んだ。 「おはよう、シオン」  鼓膜を溶かすような青年の声に、シオンは思わず寝ぼけ眼を閉ざす。  どこから状況を整理していくべきだろうか。 「どうして私のベッドにいるんですか、スフェノス……」 「気持ちよく眠っていたのにすまない。そろそろ朝食を取らないと約束に遅れてしまうからね」 「…………」  白磁の如く冷めた指先が前髪を梳く。  窓からは日差しが降り注ぎ、さわやかな朝を知らせていた。吹き込む西風がカーテンを揺らし、鳥の囀りが忙しなく行き交う。  喉まで出かけた言葉の数々を呑み込む。シオンは目を擦り、体を起こした。  彼女の起床を見届け、ベッドの縁に腰かけていた青年は立ち上がる。 「今日はアーネスとエレナ城へ行く約束だったろう。彼女はもう朝食を済ませている頃だよ」 「ごめんなさい。そんなに寝ていましたか……」  差し出された温かいタオルに、シオンは礼を言う。見れば、テーブルには朝食が並べられており、着替えもかけられていた。  青年、スフェノスは金糸の髪を揺らし、秀麗な容姿に微笑みを浮かべる。 「君がとても心地よさそうに寝ていたから、僕が起こさないように頼んだんだ」 「気持ちはとても嬉しいんですけど、それはすごい……恥ずかしいです……」 「従者は常に、主が心地よく過ごせる状態を保つのが仕事だろう?」  蒸したタオルに顔を埋めたまま、シオンは唸った。  間違いはないだろうが、彼のそれはいささか過保護というモノだ。  スフェノスはグラスに水を注ぎ、椅子を引く。 「トーストはいつも通り2枚でいいかな? 給仕たちに少しわがままを言ったからね。今日は僕が君の朝食を作ったんだ」 「スフェノスが……?」  椅子に座ったシオンは驚いて彼を見上げた。改めて並んだ朝食を見れば、ここ数日で食べ慣れた食事とは確かに様子が少し違う。  いつもならトーストに卵料理や焼いたベーコン、サラダが主だ。それが焼いた魚の切り身や、豆の煮込みなどいささか凝ったものに変わっていた。ここ、アルデランの料理にしては珍しい。  スフェノスは少しばかり照れくさそうに笑う。 「僕たちは食事を取る必要はないけど、真似事ならできるからね」 「あなたがキッチンに立っているところが、想像できないのですけど……」 「アーネスも驚いていたよ。彼女の傾玉であるジェドネフは、そういったことに興味がないようだね」  彼は温かい2枚のトーストにバターを添え、白い皿をまた一枚、彼女の前へと置いた。普段も十分な朝食を館の主から提供されているシオンだが、今日はそれ以上に豪勢な食事になっている。居候の身でありながら、少しばかり気が引けた。  溶けたバターがトーストの上を滑っていく。促されるままに豆の煮込みから口に運び、シオンはゆっくりと咀嚼した。香草の匂いが口内に広がっていく。 「美味しいです……」 「そう、それは良かった」  給仕係がいない朝食は久しい気がした。室内には食器の音だけが木霊する。  向かいに腰を下ろしたスフェノスは、シオンの食事をただ眺めている。会話も無く、彼が席を立つ気配も無い。だいぶ慣れたものだが、やはり落ち着かない。  シオンはスプーンを止めて、彼に声をかけた。 「おかわりかい?」 「あ、いえ……。とても美味しいので、戴きたいのも山々なんですけど……」  席を立とうとするスフェノスを引き留め、シオンは視線を泳がす。 「さっき、食事を取る必要はないけど、真似事ならできるって……」 「ああ。僕たち傾玉は元々ただの石だけど、この身体は魔力で人間を模倣している。摂取したものを魔力に変換する術も持っているから、全く意味がないとは、言い切れないかな」 「じゃあ、スフェノスが嫌じゃなければ……いっしょにご飯とか、食べられるんですか?」 「僕が君と一緒に食事を?」  目を瞬くスフェノスにシオンは頷く。 「何と言うか……たぶん、なんですけど……。記憶が無くなる前の私はきっと、誰かと一緒にご飯を食べることが多かったんだと、思うんです……。1人でご飯を食べるより、アーネスと話しながら一緒に食べる方が楽しいし……。だから、私が1人で食べる時は、スフェノスも一緒に食べてくれるなら、嬉しいなって……」  何より、無言で食事を眺められていると言うのは、どうにも落ち着かない。シオンはスフェノスを見た。  彼は悩ましそうに目を伏せている。 「僕ら傾玉はあくまで人の真似事しかできないよ。味や飾りつけも、ただ知識として蓄えているだけで、食事自体に楽しさを見出すことはできない」 「そうですか……」 「でも、僕としては……その……とても、君の言葉に甘えたいと思ってしまって……」 「…………」  葛藤している。頭を抱えだしたスフェノスを見て、なんだか悪いことをしてしまった気がした。  トーストをかじり、シオンは彼が答えを出すのを待っていた。食事が終わると、彼は皿を片付けながらブツブツと独り言をつぶやいている。  時計を横目で確認しつつ、シオンは急いで着替えを終わらせた。近頃は着替えも1人でできるようになり、生活はだいぶ楽になりつつある。  なんとか約束の時間までに準備を整えたシオンが廊下へ出ると、そこにはどこか落ち着かないスフェノスが待っていた。
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