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07.図書館へ
シオンは城を出て、大きな三角屋根を目指した。エルナ城ほどではないが、道を歩けばその建造物は常に頭をのぞかせている。
「あの、スフェノス」
「なんだい?」
シオンの呼びかけに応じて、姿を消していたスフェノスが彼女の隣へと現れる。人間離れした容姿の青年が突如として現れたせいだろうか。すれ違う人々がぎょっと身を退いた後。秀麗な容貌をぼおっと眺めていた。
呼びかけるタイミングにすら、気を遣った方が良さそうだ。
冷や汗を覚えながら、シオンは行く手に見えてきた張り紙を指さす。
「ここへ来る時もいくつか見かけましたけど、あれには何て書いてあるんですか?」
張り紙は大きな文字で見出しが書いてあり、その下には焼けた家が描かれていた。不思議なことに、燃えたつ炎や逃げる人々など、描かれている絵が動いている。そして、これくらいではすっかり動じなくなったことに重ねて驚く。我ながら図太くなったものだ。
張り紙は通りのあちらこちらに貼られており、赤い文字が嫌でも目についた。
スフェノスはだいぶ遠目にも関わらず、内容をゆっくりと読み上げる。
「『近ごろ、不審な火災が続いています。怪しい人物、出来事がありましたら、どんな些細なことでも憲兵にご連絡ください』要約すると、そんな所だよ」
「放火が起きていると言うこと?」
「博物館や美術商と言った骨董や美術品を扱う施設が被害にあっているそうだ。放火に見せかけた窃盗かもしれないね」
「とてもそんな風には見えないですけど……」
辺りを見回しても、街並みにはゴミひとつ見当たらない。整備された花壇の横では、見回りの憲兵と通行人が楽しげに世間話をしている。
「怪我人もいないようだから、危機感があまりないのはそのせいではないかな」
「はやく捕まるといいですね……」
この町の家と家の間隔は狭い。ひとたび大きな火災になったら、大変なことになるだろう。
目的の三角屋根がだいぶ大きくなった。大通りの終着点は広場だ。中央には噴水が潤沢な水を湛え、それを囲むようにベンチが配置されている。脇の屋台では花売りが店先に新しい花束を鮮やかに並べていた。
そんなのどかな広場を見下ろす、三角屋根の全容は、彼女の想像以上だった。
図書館は、先ほどの城を小さくしたような外見だ。黒い石の壁に、緑の垂れ幕がやはり均等にかけられている。小さくなったと言っても、見上げていると首が痛くなる。
奥にはさらに、いくつもの棟が連なっていた。廊下で繋がっているものもあれば、小さな塔のような建物もある。
「これ……図書館、なんですよね……?」
「そのようだ。来館者はこちらから入るみたいだね」
スフェノスはシオンの手を取り、開放されている入口へと連れて行く。
壁や天井へ施された彫刻に目を奪われ、シオンは声が出なかった。図書館と言うよりは、美術館とでも案内されたほうがしっくりくる。
「すいません、お嬢さん方。ここの図書館は初めてなのだけれど、本の閲覧はアルデランの住民でなくても可能なのかな……?」
キラキラと、無駄に造形美へと振り切られた数値が人間の視覚情報に襲い掛かる。
それまで流暢に館内の案内をしていた受付嬢たちが、一斉に言葉を失ってしまった。心を奪われるとは正にこのこと。傍から見れば、自分も当初はこんな感じだったのだろうか。
硬直状態の受付嬢たちを見かねたシオンは遠慮がちに声をかけた。
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