Ⅰ 

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「藍ちゃん、大丈夫!?」 桃花は落ちた教科書と筆箱を拾ってくれる。 「……っ、ちょっと保健室に行ってくる……」 「一緒に行こうか?」 「大丈夫、一人で行けるわ……」 桃花を置いて、教室を後にした。 向かった先は保健室――――ではなく、屋上。 視界が揺れる中、手すりに掴まり、階段を上がっていく。屋上へ続く扉を開くと、冷たい空気が全身に伝わってくる。中に入り、フェンスに全身を預けるようにして、寄りかかる。ずるずると身体を滑らせてそのまま地面へと座る。この目眩が起こる理由は分かっている。私はそっと、目を瞑る。目の奥が熱く感じる。頭の中に流れてくる映像を私は逸らさずに凝視する。 満月の夜、ワインレッドのフードを被り、血痕が付着した刃物を持った男性が立っていた。そして、 『こんばんは、美しいお嬢さん。こんな綺麗な満月の下で出会えるなんて、運命だね』。 くさいセリフを吐き、男がフードを取ろうと手をかけた瞬間。映像は途切れた。瞳を開くと、痛みは引き、代わりに涙が溢れていた。指で涙を拭き、ふぅと一息つく。 今の映像は、未来に実際に起こる出来事、つまり予知である。私は生まれたときから千里眼を持っている。しかし、コントロールすることは出来ない。見たい未来が見られる訳ではないし、それは突然何の予兆もなしにやってくる。便利なのか不便なのか、判定しようがない。 だけど、今回は当たりだと思う。私はスマートフォンを取り出し、今日の月の状況を調べてみる。すると、今日の夜は満月と表示される。ならば、当たりだ。 刃物を持った男性、というのはおそらく、この街付近で騒がせている『女性連続殺害事件』の犯人だろう。そのニュースは名の通り、女性が次々に刺殺されているのだ。死体に指紋は残ってないため、誰の犯行なのか目星が付いていない。警察も最善を尽くしているが、捜査は難航していた。遂には、顔も認識されないまま、犯人は指名手配犯として全国に張り出されている。 私はその犯人を捕まえようと前々から思っていた。その理由は至って単純だ。魔術師の威厳を取り戻すためである。今の政府には権力は殆どなく、市民が権力を握っていると言っても過言ではない。全ての元凶は無能な政府だというのに、魔術師を軽蔑するのはおかしい。 ならば、魔術師が悪い人たちではないということを証明すれば良い。だから私は『女性連続殺害事件』の犯人を捕まえて、魔術師たちのことを見直してもらうと考えた。そうすれば、魔術師だということを隠さずに生活できる。他にも理由はあるけど、それは置いておこう。まだそれをするかは迷っているのだから。
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