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すると暴れていた女性は、ピクリとも動かなくなった。息絶えてしまったのだ。救えたのに、救えなかった。女性の血が雪を赤く染めていく。男性は女性から心臓に刺さっているナイフを抜き退くと、私の方へと向かってきた。相変わらず表情は読み取れない。後ずさりしようとするが、足が未だに竦んでいて上手く動きそうにない。力任せに思い切り動かしてみると、自分の足に片方の足が引っかかり、尻もちをつく。その間にも、男性が近付いてくる。距離は数メートル。そして、予知で見たあのセリフ。
「こんばんは、美しいお嬢さん。綺麗な満月の下で出会えるなんて、これはもう運命だね」
男性はフードを取る。フードの下は青年だった。見た目からして10代後半か。いや、20代前半? 赤い瞳に夜に溶け込みそうな漆黒の髪。横の毛が少し跳ねていた。右耳には十字架のピアスをしているが、左耳の髪が邪魔していてピアスは見えない。左の横髪だけ、妙に長いのは彼なりのファッションだろうか。
すると、彼は私の顔をじっと見つめてきた。足が動けないため、逃げることは出来ない。男の手にはナイフがある。ここで殺されても可笑しくはない。しかし、意外な言葉が聞こえてきた。
「君、彼氏はいるの?」
「……は?」
「いや、凄く綺麗で美しいからさ、いるのかなと思って」
何を言っているんだ、この人は。初対面で、しかも目の前には死体があるというのに。
答えずに黙っていると、再び話しかけられる。
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