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彼女は驚いたように目を見開いた。少しだけ開かれた口は何か言葉を探しているように見える。無理もない、初対面の人間がしどろもどろになりながらわけの分からないことを言ってきたのだから。彼女の驚いた顔がまるで猫みたいだなんて思いながら僕の脇の下を滝のような汗が流れる。もし叫ばれでもしたらどうしよう。僕が女の子だったらこんな不審者絶対叫ぶ。僕が現実逃避を始めかけたその時、彼女は予想外の言葉を口にした。
「あなたも見えるんですか……?」
あなたも、ということは彼女は自分の背中のおっさんが見えているのだ。まさかこんな返しをされるとは想像もしていなかった。
「そ、そうなんです!見えるんです!おっさんが!いや、僕も何が何だか全然わからないんですけど、見える人に会ったのも初めてで……」
とりあえず危ない人として駅員さんに突き出される可能性がなくなった安堵感で僕はもう泣きそうだ。
「良かったー!私も自分以外で見える人に初めて会いました!あなたにもこれが見えるんですね?グレーのスーツを着て銀縁の眼鏡をかけて、その、頭が薄めで……」
油断しきった僕に対して彼女はこう言葉を続けた。
「ムキムキマッチョなおじさん」
ムキムキマッチョなおじさん?彼女の背後にいるおっさんはガリガリでどこからどう見てもムキムキには見えない。彼女は自分に憑いてるおっさんの話をしているのではなかったのか?
混乱しながらも彼女の視線の先を見て、僕は完全に理解した。
僕はもう泣きそうだ。
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