1・姉の失踪

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 待ちくたびれて徹との間に会話も無くなった頃、ようやくバスが到着した。 「夕陽が丘に行きたいんですけど、どれくらいで着きますか?」  年配の運転手は私を見て少し驚いた顔をした。 「おまえさんたち、あすこの住人か?」 「観光です」  私がそう言うと、運転手は私と徹をじろじろと見た。 「んだな。着とるもんがちげえな。あすこは入り口の手前で降ろすことになるな。そこまで三十分ぐれえで着ぐ。バス停から夕陽が丘の入り口までが歩いて二十分ぐれえだな」  運転手は訛りのあるイントネーションで少し聞き取りにくかったけれど、その説明を聞いて、さらに時間がかかる事実を知ると、徹があからさまにうんざりした顔になった。 「日が暮れる前には着くからいいでしょ」  そんな徹に私は言い訳のように言った。  バスには他に乗客はいなかった。 「運転手さん、この辺ってその夕陽が丘ってところの他に、何か観光地あるの?」  後ろの方の席に座って徹が大きな声で運転手に話しかけると、運転手は首を横に振った。 「なんも無いな。これだって地元の人間がきのこ狩りに行くためのバスみたいなもんだ。夕陽が丘だって別に観光地じゃない。いつの間にか西洋風な街になっとるようだけどな、元々はよそ者を寄せ付けない閉鎖的な村だったんだ」  私と徹は顔を見合わせた。 「町興しのために、西洋風の街にしたのかな」  私は徹に囁いた。 「かもしれないけど……本当にその街なのか? 小学生だった沙紀と姉貴が迷い込んだとは思い難いな」 「だけど、私が行った街も山の中にある西洋風の街だったし、あの絵葉書のつり橋も渡ったよ。どうやって行ったかは分からないけど、間違いないと思う」  山道をバス酔いしそうになりながら、なんとか三十分頑張って、夕陽が丘の手前に着いた。 「帰りのバスは日に三本しがねえがら、きちんと調べて帰るんだな」  運転手がそう教えてくれて、私と徹はお礼を言ってバスから降りようとした。  その時、ふいに徹が運転手に「二ヶ月くらい前にこの人を乗せなかったですか?」って、姉の写真を見せた。 「さあ、知らねえなあ。よそもんは時々来とるようだがな」 「そうだよね。ありがとうございます」  徹が笑って運転手に会釈すると、「だがな」と引き止めるように運転手がニヤリと笑った。 「あすこに行く人は時々乗せっけど、あすこから帰る人はおらは乗せた記憶がないんだな」  そう言い残すと、バスはそのまま走り去って行った。
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