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たとえば、誕生日は特別な日だ。
おそらく『他の世界』でも、たくさん愛されて思い出を作っているだろう彼は、記念日や思い入れのある日には無意識に『引き寄せられ』やすい。だからなるべく一日中一緒に居るように気をつけている。
朝からたっぷり愛しあった後に遅めの昼食を準備していると、リビングのソファに座っていた彼に異変を感じた。
左耳のピアスに手をあてて、彼はテレビ画面を見て涙を落としていた。その表情はぼんやりとしていて生気がない。バケットを切っていた手を止めて、彼のそばに歩み寄る。
「……どうしたんだろう」
どうして自分は泣いているのかと不思議そうに目元を拭う彼を抱き締めた。
そっとスポーツニュースを写していたテレビを消す。
一瞬大きなガラスにヒビが入ったように視界が砕けそうに歪んだ。でもすぐに持ち直す。
この世界で、彼はあの人との関わりはほとんどない。高校生の時に一度交際を断ってからは一度も会話を交わしたことがないと言っていた。だから関係ないはずだ、この世界は俺のものなのだから。そう言い聞かせながら、心臓は早鐘を打つ。お願いです。これは俺の夢みたいなものなのだから、譲ってください。祈るように念じる。
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