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それは、就職してから初めて支給されたボーナスを使って買ったものだ。このために就職を急いだと言っても過言ではなかった。とにかく、年上の恋人より先に就職して、お金を稼いでこれを渡したかった。彼が博士課程に進んでくれたお陰で、その夢がついに叶う。卒業後はほぼ百パーセントが修士課程に進学するのが普通の学部なので、自分が就職すると言った時には教授や家族に何度も進学を進められたが、申し訳ないと思いつつも聞き入れられなかった。すべては、この小さな箱の中のもので、彼と誓約を交わしたいがためだった。
訝しがる視線をしり目に、小さな箱を開けて中のプレゼントを彼の耳に付ける。
「……かわいい、です」
うっとりと耳朶を撫でると、そのひとはくすぐったそうに笑った。左耳のピアスホールに、小さな石の飾りが輝く。それは控え目な小ささだけれど、きれいなひとをより魅力的に輝かせるように見えた。差し出した手鏡にそれをうつして、彼は微笑む。
「ありがとう」
「これ、ダイヤモンドです。給料三ヶ月分とまではいかないんですけど……えっと……結婚、してください」
「……それ、付けてから言うの?」
大きな瞳が少しだけ見開かれて一瞬動きが止まる。
「だって、断られたら嫌だから」
「ちょっと、シャフトがくすぐったいかも。外しちゃおうかな」
「だ、だめです!」
焦って制止する手を取って、彼はクスクス笑う。
「うそだよ。ごめんね。……うれしい」
ひんやりとした柔らかい両手が、俺の手のひらを彼の頬に連れていってぴたりと触れさせてくれた。
ああやっぱり、すごく好きだな、と思った。
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