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しかし、その先輩もまた他の先輩と同じように、まあまあ、と水島を軽くいなして話を続ける。
「いまお前のいるこの世界は、無数の可能世界の中の一つでしかない。観測不可能な領域の存在が否定できない限り、あり得ない話じゃないと思わないか?」
熱心に語りだした先輩を止められず、はぁ、と曖昧に相槌をうつ。
「論理学の話ですか……?」
興味が無さそうだな、と苦笑しつつ先輩は続ける。
「まあ、そうだ。同じ物体が同時に存在する複数の宇宙があることを、俺は実証できる。正確に言うと、同じ物体ではなく、同じような物体……同じような人間が、だ。それは、まったく同じ宇宙に存在するわけではないから、少しずつ特性が異なる」
「すみません。何の話だか、俺にはさっぱり……」
しょうがねえなあ、と、ついに面倒くさそうに、先輩は水島の頭を雑に撫でた。
「つまりなあ。五百億光年先に、お前と愛しのミコ先輩が付き合ってる宇宙があるってことだよ」
「……なんですか、それ」
慰めてくれているつもりなのだろうか。
訳がわからなくて水島は笑った。
「その世界に行きたいか?」
にやにやしながら、先輩が伺うように水島を見る。酒は一滴も飲んでいないはずなのに、先輩の顔はぼやけてよくわからなかった。ただ笑みを浮かべているらしい口元だけがはっきりと見える。
「そりゃあ、そんな世界があるなら行きたいですよ」
思わず話に乗った。面白い先輩だと、思ってしまった。その小さな妄想のような話に酔ってしまいたいと水島は思った。
「代償を支払わなければならないとしても?」
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