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顔を上げた水島に、先輩はいよいよ楽しそうに顔を寄せた。
代償? お金で済むならいくらでも払いますね。と水島は軽く頷いた。
その瞬間、先輩の唇が、あり得ないくらいに頬の上まで引きあがって笑ったように見えた。
ここまできて、ようやくこの人物が先輩などではないと気づいた。
急に周囲の喧騒が遠ざかっていく。
でも、もう遅かった。目の前に居たのは、きっと人間ですらない。話を聞いては、耳を傾けてはいけない類いのものだった。そう思っても、到底遅かった。
居酒屋の中、汗をかいたコップ、食べかけの焼き鳥の乗った皿、酔っぱらった先輩たち。音も色も、形も急速に失われて、新しい光が見えた。一瞬で、すべてが失われて、新しくなったと感じた。寄る辺ない道をさ迷い歩くような恐怖に晒されたのも、一瞬だった。
なぜか、後悔するとは思えなかった。
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