夢から醒めない夢

6/26
前へ
/26ページ
次へ
 出入口に設置された機械に身分証をかざして、なんとか日付が変わる五十分前に退庁する。  タクシーで帰るか迷ったが、タクシープールの行列を見て地下鉄にすることに決めた。早足でホームに降りると、ちょうど来ていた電車に飛び乗る。  大学を卒業して四月から文科省に入省した。とにかく早く就職したかったので、就職先にこだわりはなかった。けれど、ここならば研究室との繋がりがあるので彼と仕事でも顔を会わせることができるという下心のみで決めた。  来週は宇宙科学技術委員会に航空開発利用部会など複数の委員会や部会を開催するため、その資料作成や調整のために本来なら家に帰る暇などない忙しさだ。ましてや今年入ったばかりの自分が帰るなど言語道断なのだが、今日だけは帰らせてもらいたいと、ずいぶん前から周囲に根回ししておいた。明日、七月一日は日付が変わる時から一日をずっと一緒に過ごしたかった。  もしかしたら眠っているかもしれないと思ったけれど、閉まった電車のドアに半分もたれて、今から帰りますとメッセージを送る。するとすぐに、「わかった」とだけ返信があった。その、素っ気ない四文字。口元が緩んでしまうのを止められない。  あのひとが、自分を待っていてくれるんだ。  マンションは駅から近く、商店街の通りから一本入ったところを選んだ。想定よりちょっと家賃は高かったけれど、研究が長引いて遅く帰ってくることもある彼が暴漢にでも狙われたらいけないので、なるべく人通りのある道を通って帰れるところにした。今年の二月に入居して、家賃は折半。五つ年上の彼はモデルのバイトを時々しているものの一応学生の身分(博士課程三年目だ)なので、全額こちらで払うことを申し出たけれど、「年下の癖にナマイキ」と小突かれて光熱費まで半分ずつにすることで落ち着いた。せっかく先に就職して頼れるところを見せられると勇んでいたのでがっかりして彼を見るも、大きな瞳で凄まれては折れるしかなかった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

131人が本棚に入れています
本棚に追加