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「鐘は今夜、一晩中、鳴らしておくのじゃよ。妾が先にお堂の鐘を衝くから、それに続けて鳴らすのじゃ。わかったな?」
「一晩中!? いやそれ無理っしょ、島の人に迷惑だし、俺、どうやって夜をしのげば───」
『人間として』の俺の切なる思いは、やはり少女の考慮すべき点には入っていないらしく。
「なぁに、平気じゃ。鐘の音は妾の鐘の音の後なら人間の耳には届かん。届いたとしたらそのものは、海坊主を治めるためだとわかるものだけじゃ。まぁそうな稀有な人間、神島と謳われたあの島にももうおらんじゃろうけどな」
「あーはい、鐘の音については誰かに俺が怒られないで済むならそれでいいです、ですがね、眠気に負けて俺が寝ちゃったらどうするの?」
「五郎神社の人柱にでもなってもらおうかのぉ」
「五郎? なんだかえらく可愛い名前の神社だな。おめーはそこでお堂の鐘を衝くのか?」
「さよう。妾は五郎神社の神代じゃからな。ちなみに『五郎』とは人間がそう漢字を当て嵌めただけで、正式には『御霊』と書く。つまりは怨霊の祟り神を奉った神社じゃ。そも怨霊の中でも御霊と呼び倣わされるのは、元は人であった者が祟り神とまでなったくらいじゃ、ゆめゆめ侮るでないぞ?」
声はテノールなのに、そこはにっこり美少女スマイルとか、もうそれがシュールの極みでしかねーし!
そして俺はその夜、御霊のタタリに脅され、なんとか寝ずに鐘衝きの役目を果たしたが、早朝に側にあった椅子に凭れて寝ていたところを見つけられ、あわや警察のお世話になるところを、どこからか現れたテノールの少女が恐らくは人ならざる力を用いてその場から逃してくれたことは礼を言ってもいい。そもそもの元凶はこいつだけれど。けど。
人間、どうして悪い予感だけは外れないんだろうな。
俺は昨今の人間が盆暮れ彼岸を疎かにする余り、巷(霊視的な巷のことらしい)には常に浮遊霊が溢れているから整備係りとして正式に、五郎神社の神代代行というもう何がなんだか分からない役名を与えられ、毎週末、K県はK市へと訪れる俺に両親は、すっかり彼女が出来たものと信じ込んでくれているのだから呑気なものだ。もっとも。
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