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「おい、『左埜』! 俺をいい加減、解放しろ!」
神の御使いであっても『名』で縛られたら、人間を拘束なんて出来なくなるはずだ。
少なからず護身用にひいばあちゃんに仕込まれたことがまさかここで役に立つとはな!
勝った、と思って俺はこれで週末の馬鹿にならない交通費という名の出費から解放されると、それだけが切なる願いだったので。
「ほんにお主は単純だのう。妾が人間に『真名』を教えるはずがなかろうて」
単なる便宜上の呼称に決まっておろうと言い返されて、俺はもういっそ浜辺の砂にでもなりたい気分だった。ところが、便宜上の名『左埜』が、へたり込んだ俺の前で、可愛らしく膝を揃えて屈んできては、俺の顔の前であり得ない笑顔を向けて寄越してくると、
「なに、お主の懸念も次の春になれば吹き飛ぶから、あと少しの辛抱じゃ」
「は? 待て、それってどういう意味───」
聞いてはいけない、という心の声は一歩遅く、俺の口は訊ねてしまっていた。知らぬが仏だった我が未来を───
栄えある俺の未来を打ち壊してくれた笑顔で『左埜』が言った。
「お主の就職先とやらに『右埜』が何やら行ってな。支店勤務地やらをこの地にしてやったから来春からは週末と言わず、有事の際はすぐにやって来られるのぉ」
手間が省けて良かろう? というその笑いには絶対に裏がないと言い切れるのか、左埜よ!
神様───って訴えかけるのが洒落になってないこの状況、それでも俺は言いたい、神様、俺がいったい何をしたっていうのでしょう? と。
まさか神代だか神の御使いやらが、ここまで現代に適応しているとは。
郷に入れば郷に従え───は、ちと違う気がするが、俺に関してならもうこう言うしかないだろう。
毒を食らわば皿まで。
せめて命を落とすようなことはないよう、それくらいは頼みますよと、俺は五郎神社の祭神に頼みがてら、ついでにボーナスについて一つ手厚くよろしく頼みますとせめてもの足掻きをくれてやった。
【Fin.】
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