1:Slow Air

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1:Slow Air

 ラベンダーの花畑が、風に吹かれてたなびいている。  鮮やかな紫色をした、ねこじゃらしのような花の穂。それらが見渡す限りの大地に広がって、一枚の絨毯模様を織り上げている。魅惑的な甘い芳香を冷たい風に乗せて、短い夏の訪れを辺り一帯に知らせていた。  遠くに見える荒削りの岩山から、そばを流れる小川の辺から。木の一本も生えない荒涼の大地から、浮草に覆われた底なし沼から。淡い色ばかりのハイランドの中にあって、魔法をかけたように浮かび上がった鮮烈な紫色は、陽光の季節を待ちわびた獣たちや虫たちを呼び寄せる。  そんなラベンダー畑の中を一匹の蝶がふわふわと飛んでいた。小さい粒のような花から貴重な蜜を少しずつ吸って、生きるための活力を身体一杯にため込んでいく。  《命の水》(ウシュク・ベーハー)を飲むのに夢中になっている蝶の傍で、がさがさっ、とラベンダーの茂みが揺れた。  がさっ、がさっ、と、花畑の中に潜む何かが、少しずつ蝶の方へと近づいていく。しかし蝶の方は甘ったるい花の誘惑に虜にされて気付かない。     
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