微笑みの君

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 次々に襲い来るショッピングカートとそれらを迎え撃つ砦が並んでいる。バーコードリーダーがこぼす電子音と値段を読み上げる同じくらい無機質な鼻にかかった声がそこかしこから聞こえる。時給900円の戦士たちは今日も無数の商品を淀みない動きでやっつけている。  小島渚の目と腕と口は脳を介さずに日配品を次々捌いていた。無言で差し出される買い物カゴから優先的に重い物と硬い物を抜き出し、赤外線の洗礼を浴びせる。整然と詰め替えたカゴを差し出しながら、聞こえているのか何の反応も無い相手に値段を告げ、現金やカードを受け取る。日に何百回と繰り返される攻防は常に無味乾燥だった。 「お願いします。」  いきなり味付きの一撃をくらった。反射的にカゴから顔を上げると、見覚えのある男性の目が渚の視線を柔らかく受け止めていた。 「袋は結構です。」  微笑みながら、口に馴染んだ台詞を諳んじているだけというふうにサラッと言い、彼は自分の財布に目を落とし、カードを用意した。告げられた合計金額に、一括で、とそれを差し出す。返されるカードとレシートを手品師さながらの手付きで財布に収める。 「どうもありがとう。」  彼はいつもどおり無駄のないやりとりを済ませると、穏やかで温かい態度のまま戦線を離脱した。ほんの一瞬その後ろ姿を目で追ったあと、渚は次の客に向き直り、いつもの鼻にかかった声で次の戦いを始めた。  梅雨の晴れ間というか熱帯夜のそよ風というか。挨拶を返してくれる人がいないわけではないが、目を見て微笑みながらとなると限られる。野武士の行軍のような列のなかだからこそ、なおのこと彼の振る舞いは印象に残った。            
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