不意討ち

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不意討ち

 季節は楽しくても辛くても過ぎてゆく。渚は変わらず鼻にかかった声で戦いに明け暮れていた。微笑みの君はずいぶん長いこと渚の列には並んでいない。砦の守護者の事情を知るはずもなし、単なる巡り合わせでしかないが、この空白期間が渚の心情を落ち着けていた。  その他大勢と同じ、年末にやたら増える赤や緑で白で彩られた商材のように、ただやって来ては通り過ぎる存在なのだと、彼を特別視しないことで渚は自分のバランスを取る方法を身に着けていた。  だから、列を見渡していたわけではない。全くの偶然でその姿は目に飛び込んできた。総大将は今日も明るく鮮やかだった。  渚は動揺を隠すのに神経を使った。他の客に変な目で見られるのはゴメンだ。自分にとっても彼にとっても、相手は互いにその他大勢のひとりであるはず。  彼がいつもの完璧な微笑みでやってくる。渚もいつもの完璧な接客で応える。大丈夫、バランスは取れている。  合計金額を告げ彼のカードを受け取るべく構えた渚は、意外な声を聞いた。 「あっ、スリーセブン!」 その声が目の前の完璧な彼から発せられたイレギュラーであることを理解するまでのほんの数秒、渚は彼の整ったスマイルがくしゃっと崩れる様子に見惚れていた。  誰にでも向けられる好きのない微笑みとは違う、不意にこぼれた本心の笑顔に渚の心は揺れ、完全にバランスを失っていた。  だから渚に起こったイレギュラーも仕方のないことだった。 「ありがとうございました。メリークリスマス!」 今度は彼が渚の不意討ちに数秒静止する番。今日の日付を思い出した彼は、 「ああ、そうですね、メリークリスマス」 互いに整わない笑顔を交わし、その年最後の戦いは終わった。  渚の胸は高鳴っていた。戦場のメリークリスマスは彼に自分をその他大勢ではない、単なる男性店員ではない小島渚として認識させてくれるのではないか。  淡い期待に揺れる渚の鼻にかかった声は少し上ずっていた。                                        <了>
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