01_噂

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 町に近づくにつれ、その町に関する情報は少しずつ増えていった。森の奥にある平和な町だという。だが誰に聞いても、その町の名前がわからない。妙といえば妙だった。どうやら本当に、訪れたもののほとんどが二度と帰ってこないようだ。「帰らずの町」とさえ呼ぶものもいた。何があるかわからないから近づかないほうがいい、という警告も受けた。  だが、剣の腕に絶対の自信を持つ俺に、その手の脅しはまったくの無駄だ。化け物だろうと悪人だろうと、いざとなったら相手をたたき斬って帰ればいいだけの話だ。帝国公認のA級ハンターである俺に、怖いものなどなにひとつなかった。  クシュという村で、森の奥にあるというその町の方角を教えてくれた宿の女亭主は、きこりの旦那が帰らずの町に囚われたままだと俺に訴えた。もし見かけたら、助けてやってほしい、と涙ながらに懇願する。旦那の左肩には小さく彼女の名前の刺青があると言うが、ソフィアというそう珍しくない名前では、人探しの決め手にはならない気もした。念のため聞いておいた亭主の名前もありていのもので、その日のうちに忘れてしまった。  森の中で遭難したり、獣や化け物に襲われた不明者のことを、帰らずの町の住人と呼んでいるのかも知れない。もしそうならとんだ無駄足、老人の妄想にまんまと騙された格好になるわけだが、森に巣食う化け物のひとつも退治できればそれなりの金にはなる。俺はソフィアの援助で持てる限りの保存食を仕入れ、町へと向かう獣道のような小路を進んだ。
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