ユートピアの夏

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ユートピアの夏

それは過言ではなく、人類初めての夏と言ってよかった。 極寒の惑星をテラフォーミングする計画は幾度の期限の延期を繰り返しながらもようやく一つの節目を迎えようとしている。 四季を持つはずのこの火星に夏をもたらすこと。それをこのテラフォーミング事業の一つのマイルストーンと設定したのは私だった。 水、大気圧、重力などの問題を解決した今でさえ、テラフォーミングが完了したとは言い難く、この星の人類生存圏は未だユートピア平原に建設されたドームの中である。しかし夏の到来が持つ意味をほとんどのプロジェクトメンバーはよく理解していたし、万感の思いに胸が満たされていくのも、致し方のないことだった。 「夏祭り、しましょうよ」 ユイ・タサキがそんなことを言った。彼女の故郷では夏が来れば祭りをするのだと言う。出店を出し、浴衣を着て踊り、夜には花火を打ち上げる。彼女が説明する故郷の祭りを皆笑いながら聞いていたが、ユイ・タサキの「やりましょうよ」という言葉には満更でもない表情を浮かべていた。 「出店は何を出すんだ?」 「花火ってのはどう作ればいいんだろうな」 「浴衣って着てみたかったのよね。何か参考資料はあるかしら?」     
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