序 「始動3」

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十二月三十日。日は中天に差し掛かっていた 「ああ、くたびれた」  京都の町の端で、久遠は年齢不相応に年寄り臭い溜息をついた。快晴ではあったが、冬の昼間なのでひどく寒い。頭の上に差し込む光は、温かみを感じさせることもなく、ただその眩さだけを機能として発揮している。久遠は傷ついた右目と左目、色の違う両の眼を気だるげに周囲に向けながら言う。 「やっと京都か。こんな疲れるなら新幹線使えば良かった」 「お金が無いから無理」  男のぼやきに答えたのは傍らに立っている十歳程度の少女。  少女の名はヨミ。彼女の和服姿は京都という町の風情によく合っていた。 「目的の町は近いの? (くさ)羽音(ばね)だっけ」 「隣町だ。儀式自体は明日の夜だし、問題なく間に合うはず。……迷わなければ」  たった今まで、丹波から京都に向かう道で山に迷い込んだばかりの男だ。彼はいつもどこか遠出するたびに見当違いの方向に迷い込んでしまう癖があった。こればかりは直そうと努力していてもどうにもならない。右と左という当たり前な観念を知っているはずなのに、目的地と自分の位置関係に応用する事は出来ないのだった。故に現地の人に話しかける事だけは無駄に自信があった。 「あんたに任せても(らち)が明かない。地図を貸してみなさい。私が案内するから」  小物入れから地図をぶん取った少女は、ふむふむと呟きながら真剣な表情でペラペラの紙とにらめっこすると、やがて一点の方向を指差した。 「あっちね」 「おお、そうなの。じゃあ行こ……」  と少女が指した方向を見ると、わらび餅と大きく書かれた旗が翻る甘味処が目に入った。そして、その方向の先へ進むルートはない。あるのは店のみ。 「……一応聞くけど、あの方向の先に進むって事か?」 「あのお店からただならぬ妖気を感じる。ただちに調査しなければ」 「ただわらび餅食べたいだけだろ」 パシン、と軽くツッコミを後頭部に入れる。しかし、はたかれた当の少女は真剣な表情で言葉を紡ぐ。その瞳の中には子どものような輝きが見える気がする。 「断じて違う。あそこから漂う妖気はただものじゃない。きっと一流の職人が作り上げているに違いないのよ」 「それ妖気じゃなくて甘い匂いだから。金が無いってさっき自分で言ってなかった?」
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