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あれから。
やつは毎日教室まで送り迎えをするようになった。
その上放課後も傍にいないと心配だからと、私まで放送部に入部させられた。『学校祭が楽しみ』ってどの口が言う?
今はまだ夏休み中。
11時までの補習が終わると三分も立たないうちに佑樹が教室の前に立つ。
まとわりつくのは汗以上。今年の夏は酷暑できついのにそこにペルシャ猫を一匹飼った気分。
せめて自分の髪だけでも切ろうかしら。
「愛されてるわねえ学校公認カップル」
「やめてよそれ」
あれだけ堂々と宣言したから不純異性交遊は無理だろうし、なんといっても筒井筒だからいいじゃないかと職員会議で決まったとか決まらないとか。噂ではどうやら古典の先生が頑張ってくれたらしい。
そうその筒井筒。
「結局しほりの勉強不足という事で。」
まあそうなんだけど。
家に帰って辞典を開くと栞が挟まっているページがあった。
そこには筒井筒の文字と共にいくつもの例文がちりばめられていた。
『筒井筒 丸く掘った井戸の井戸側。枠の事。伊勢物語の中で取り上げられた題材の一つ。たがいに惹かれあった幼馴染の男女が結婚する内容。転じて幼馴染の男女が恋を実らせることを指す場合がある…また別の解釈では…』
「しほりが開いてくれるのを待ってるなんて、健気よね~」
そう。
そんなやつだ。
「しほり!」
私を呼ぶその声を合図に立ち上がる。
振り返るといつものさわやかな笑顔の中にいつもの独占欲がちらついてる。
逆らう気力もないほど押されまくりの私。
気がつけば主導権はやつが握ってる。
「それじゃ」
「今日もデート?」
思いっきり首をぶるんぶるん。
「今日は、柳川先輩のお付き合い。
超人気のカブトムシが四越デパートで三時から発売なんで部員全員で並ぶの。」
鞄を肩に掛け、佑樹のところに向かう。
「……熱中症、気をつけてね。」
「全然平気。だって」
多分、私たちの方が暑苦しい、と思う。
おしまい
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