301号室

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301号室に入って親父のベッドに向かう途中。いや、入ってすぐ。 右手の一番扉に近いベッドに目がいった。 先週来た時にはベッドの骨組みだけでシーツも何もなかったそこには、今一人の女の子がいる。 女の子、というと幼いイメージがわくかもしれないが見た感じ僕と同じ高校生のようだ。ハンガーに掛けられたセーラー服は僕の通う高校のすぐ隣の女子高のものだった。 ついまじまじと見てしまい向こうも僕に気付いた様で、視線が合いすぐさまお互いそらす。 恥ずかしさを紛らわすのに、歩いて5秒と経たない対角のベッドへ急ぎ足で向かった。 イヤホンをさして小型のテレビを見ていた親父は若干息を上げた僕に気付いてイヤホンを外す。 立ち止まると遅れて額に汗が浮かんできた。 そんな僕を見て親父は、 「別に急いでこなくても良いんだぞ?」と言ったが、この短距離を小走りした程度で息が上がるはずがない。 先程から大きく跳ねる心臓に手を当て軽く深呼吸して、 「外が暑かったから早くクーラーの効いた部屋に入りたかったんだ」と適当に誤魔化した。 誤魔化したかったのは親父を、ではない。僕の感情をだ。 「それより、これ着替え。」 「ほれ」 ほれじゃない、ありがとうと言え。 着替えを渡し、かわりに洗濯物の入ったビニール袋を受け取る。 それじゃ、と用件を終え手短に引き返そうとした僕を親父が手招きで呼び止める。 ベッドの横に近寄り「何?」と聞くと、 「あそこの角の女の子。今週入ってきたんだけど、なかなか可愛いぞ。話しかけたら笑顔で返答してくれてなぁ」 とそれはそれは大変嬉しそうに話した。 50手前のおじさんが何言ってんだかと憐れみを含んで見返してやると、まあまあとなだめながら、 「お前も高校生だしそろそろ女っ気の一つ見せても良いんじゃないのかなーとな」 女っ気、つまり彼女か。そんなの作りたくて作るものでもないだろう。興味で作って相手をがっかりさせたらどうする?きっと本当の恋というのは作るのではなく出来るのだろう。 確かに対角にいる女の子は可愛かった。だけど可愛いから付き合うのは失礼だ。そう、例えばさっきのように心臓が大きく跳ねて無意識のうちにそっちの方を見てしまうような、一目惚…… 「はあ!?」 思わず大声を出してしまった。目の前の親父だけでなく周りの人、そして僕もビックリしている。
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