夏に舞い散る、白き羽

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寛喜(かんぎ)二年(西暦一二三零年) 六月九日 同地 「ねぇ、今日とても寒いよ、今夏だよね」 「ああ、朝とはいえここまで寒いというのはおかしい。稲も気になるしすこし外をみてくるか」  末娘にそう語ると、男は様子を見るべく建物の外へ足を運ぶため、身なりを整える。  寒さを感じながらも、軽装で外へ出たとき、男は目を疑うことになる。  今が夏であるはずなのに、夢でも見ているのかと、硬直した。一瞬自分の頭を疑ったが、それは紛れもない事実であった。  目の前を通り過ぎ、降り注ぐのは、風にゆれる白き羽のような、ふわりとしたもの。手を伸ばせば、ひやりと冷たく、手の中で消えていく。灰色のそらから降り注ぐもの、雨では無く雪だった。  一面銀世界のまるで冬のような景色、そこに舞い散る、雪、雪、雪。 「な、なんてことだ、こんな事あるのか」  男はその場で呆然と立ち尽くすと、自分の頬をつねる。夢などでは無い、現実である。  すぐさまきびすを返し、慌てて家の中へと戻ると。 「おい、みんな起きろ、雪だ、雪が積もっているぞ!」  父親は、顔面蒼白でそう叫び、家族をたたき起こした。  父の言葉に、耳を疑った家族は、慌てて外に飛び出す。 「な、なんだこれは、今、夏だよな。おかしいよ」  山も、地も、目に見えるところ、一帯が真っ白である。 「すごーい、夏に雪なんて凄いね」  一番下の末娘は、雪を前に走り出すと、はしゃぐように雪と戯れる。それに続くように、猟犬も娘と一緒に走り回り、楽しそうにじゃれついている。  だが、それ以外の家族は全員、硬直している。それもそのはず、このような事は、経験もなければ、今後の生活を思えば、むしろ良くない兆しである。 「こ、こんな事って……」  母はそうつぶやくと、その場で座り込んでしまっていた。
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