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普段だったら、耐えられないであろう沈黙だったが、
誰1人何かを発しようとはしなかった。何処と無く声を出すのが怖かったのだ。
そんな時間が5分、10分くらい過ぎただろうか。
ふと瑠璃の左隣にいた千草が声をあげた。
「まずいな…」
一体何がまずいのかと思って、千草の視線の先を探ると、そこには1人の女がいた。
だがその女の様は異常だった。ここ、黄泉の国には死者は亡くなったときの精神状態の中の自分の姿で来る。つまり死ぬときに自分の怪我や病気を忘れ、夢を見ながら永眠するものは極めて健康な体でここに来るし、逆に事故で血が止まらないのを感じながら死んだ者は血まみれだったりする。だからこそ全身がむくれていたり、血まみれだったりと見てもいられぬ様子の人も多いのだが、それでもその女の様子は目立って異常だった。
長い髪は振り乱し、その間からときどき覗く眼はぎょろりと光った。そして何やら黒い靄のようなものに包まれ、苦し紛れに暴れていた。
「行くぞ、空!」
「瑠璃、ここで待ってて!」
そう叫ぶように空は言って、千草と共に女の方へ駆け出した。空も千草も互いに息がぴったりで、風のように走った。
しかしすぐに2人は足を止めてしまった。2人の目は、女の手に釘付けになっていた。
高く挙げてある右手の、その細く白い指は赤く染まり、爪には同じく染まりつつある黄金色の毛の塊がついていた。
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