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だがそんな楽しい時間はあっと言うまに過ぎるもの。一応、店の閉店時間は深夜2時と看板にこそ書いてはいるが、その日の客足によって閉店時間は臨機応変だった。
二人、三人と連れ立って客達が帰って行くのを見送る青年には手を振り、彼には肩に手を置いて挨拶を落としていくのもすでにこの店のルールになっていた。
それらをさりげにカウンターの中から見やりつつ、片手間に片付けに勤しむ青年。フロアから誰も居なくなった頃には、すっかり片付けが済んでいるのもいつものこと。彼の労をねぎらうための一杯を除いては。
ドアの外ノブにクローズの札を下げると、青年は数個だけ壁際に置かれている統一感のない椅子のある一角へと向かった。先にそこへと腰を落ち着けていた彼が、飾りとも実用とも取れない置き去りにされたままのギターを持ち上げると、青年へと差し出した。
俺が弾くの?
眼差しで聞き返した青年に、彼は頷き当然とばかりに肯定を返してくれた。青年は苦笑しつつも、隣に腰をおろし、チューニングも何もあったものじゃないギターを弾き音を出した。
最初は指慣らし程度のコード演奏をくれてから、徐々にバンドのコピー演奏を適当に誤魔化しつつ弾いた。
そして気が付けばなぜそうなっていたのか、二人は笑いの渦に巻き込まれながら、メチャクチャなメロディを楽しんでいた。
彼が笑いに一区切りつけ、グラスの中身を飲み干した。それ横目で見取った青年は、ギターを元在った位置に戻すと、背中を伸ばしながら立ち上がった。彼の手から空になったグラスを受け取り、カウンターの流しに置く。これを洗うのは今夜の営業前の最初の仕事。
レジ奥から店の鍵を取り出し、彼と共にドアへと向かった。
「で、どうするの?」
「ん……泊まってこっかな」
「じゃあ自転車、もうちょい奥に隠してきた方がいいよ。最近、物騒らしいから」
「これから夜が開けるってのに?」
「最近はガキ共の方がタチ悪いんだって」
「ガキがガキ言うなよ」
肩を寄せ合いへし合いながら、赤い壁の階段を登り切った二人の頭上の上は、うっすらと夜明けの風を含んだ雲がたなびいていた。
【END】
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