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肩に背負った大きなリュック。見た目からして目一杯に詰まったカバンの中身は、十日分の写真旅行の残骸。
それでも心は浮き立っていた。足取りはあくまでも軽く、親と同居のメゾネットマンション、その二階へと掛け上がる。
趣味と実益を兼ねた旅行三昧の日々。とはいえ多分に漏れず裕福な暮らしとはまだまだ程遠い生活。親の脛をかじりながら、なんとか仕事にありつけている有り様だ。
けれどもこれが自分の選んだ道だから。自分の生きたかった人生だから。
後悔はない。ただたまに、以前働いていたあのショットバーのお客達は、あれからどんな風に生きているのだろう、そんな思いが駆け抜けるくらいで。
部屋に入るとまずカーテンを開けた。外は快晴。そんなものは空港からの帰り道すがら、時差ボケの目をしば叩きながら、思い知らされていたことだけど。
ガラス越しに受ける初冬の朝日は、それでも堪能し足りなかった。
荷物を降ろし、ソファベッドで伸びをする。その勢いで弾みを得ると、顔を洗い歯を磨いてさっぱりしてこようと洗面所へ向かった。
無精髭ともさっぱりお別れを告げるべく、シェービングフォームだらけになった剃刀と己の顔を洗い流すべく、蛇口へと手を伸ばす。勢い良く出てくる冷たい水が、心底気持ち好かった。この行為をしている時が、日本に帰ってきたんだなと自分が一番に強く思う瞬間だった。
もしかしたら自分は案外、この「帰ってきた瞬間」を満喫したくて旅に出るのかもしれない。
ふとそんな風に思い付いて、自嘲したところでふと携帯電話に目をやる自分が居た。
デジタル時計の数字は7と23をオレンジ色に放っていた。
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