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少年と中年
寺の鐘の音で、彼は目を覚ました。自宅の和室でうたた寝をしていたようだ。
掛け時計を見ると、丁度5時を指している。
彼は一つ背伸びをすると、台所へ向かった。
洗い場は洗い残した食器や、買ってきた弁当やカップ麺のゴミだらけでそれはそれは粗末な有様である。
彼はそんな光景には気にも留めず、冷蔵庫から茶の入ったペットボトルを取り出すと、戸棚からグラスを取り出し、それに麦茶を注いだ。ぐびぐびと一気に茶を飲み干すと「かぁーっ」と大きく息をついた。
そして、口の周りを拭ったのと同時にチャイムが鳴った。
彼は気怠そうに玄関へ向かう。
「だれだぁー?」
引戸を開けるとそこには、幼い少年が子犬のような眼をして立っている。10歳くらいだろうか。少しだけ伸びた髪は癖がなく真っ直ぐで、整った少年の顔を引き立てている。夏らしく、膝丈のカーキ色のハーフパンツに少し大きめの白いタンクトップを着用し、その肌は夏の日差しのせいで赤くなっている。
「えっと……あの……、鉛口さんですよね……?鉛口紋左絵門さん」
少年は不安そうに肩を震わせながら、目の前にいる大男に尋ねた。
「……そうだが」
今にも泣きだしそうな子供相手に不愛想な態度を取る訳にはいかず、彼は彼なりに優しく声を掛けたつもりだった。 しかし、少年の緊張は解れない。それもそのはず。紋左絵門は大きな図体に加え、髪も髭も伸び放題。おまけに髪と髭との間にわずかに覗く瞳は、吊り上がった一重で殺人鬼さながらの容貌である。着崩した甚平も彼を異界の住人の如く見せていた。
紋左絵門は、こりゃどうしたものかと言わんばかりに、ぼさぼさの頭を掻いた。
そんな紋左絵門の仕草を見て、さらに少年は緊張の色を見せた。……が振り絞るように、言葉を発する。
「ぼっ、僕は、葉山日向っていいます……」
紋左絵門は、ピクリと眉を曇らせた。
(――私は、この名を知っている……)
葉山日向と名乗る少年は、祈るように紋左絵門を見つめている。紋左絵門の瞳には、懐かしい幼い頃のある男の姿とダブって見えた。幼い頃から、真面目で、優しくて、そして何より優秀だった。
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