教師と生徒の別離

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「……え……」 自分でも声が掠れるのがわかった。 足の力が抜けそうになる。 「どうして……!!何で辞めちゃうんですか!?」 思わず問い詰めるような口調になってしまった。 先生が困ったように笑う。 「俺が教師になったのは、生徒が音楽に触れて少しでも楽しいと感じて欲しかったから」 「……」 「それが嫌になった訳じゃなくて……」 私を見て目を細める。 「それ以上に……音楽に対して真剣に学ぶ姿を近くで見てきて、そんな生徒をもっと育てたいと思った」 それは……私の事……? 「だからこれからはピアノ講師」 「ピアノの先生……?」 「そ、音楽教室の」 出産退職する方がいて、知り合いから代わりが出来そうな人がいないか聞かれたらしい。 それなら、と先生が引き受けたそうだ。 先生は歌も好きだが、それ以上にピアノを弾く事が好きだと言っていた事を思い出した。 「周りからはもったいないだとか考え直せとか散々言われたけどな」 私は先生を見つめる事しか出来ない。 学校に来ても、もう先生はいない。 知らない所に行ってしまう。 「俺も有村みたいな生徒に会えて良かったよ」 私のような生徒。 先生の言葉を反芻すると心の奥が痛む。 全てが純粋な気持ちじゃなかった。 「……私は……そんな出来た生徒じゃありません」 先生と一緒にいるのが心地よかった。 笑ってくれるとどうしようもなく嬉しくて、ただ話をしているだけなのに胸が温かくなった。 そばにいたくて、音楽室に行く理由を探して。
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