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花火が終わると、辺りに静寂が戻ってきた。
少しだけと言いながら、結局最後まで花火を見てしまった。
花火が美しかったから、だけではない。空と水面と、ずっと鮮やかな花火が見えていたのに、ここには私とさやかちゃんしか居なくて、花火の音以外に何も音はなくて……それが、何だか心地良かったのだ。少し現実から離れたような、そんな気持ちにさせられた。
「……帰ろうか」
やがて、私はそう言った。
ずいぶん遅くなってしまったし、さやかちゃんの両親が心配しているかもしれない。
ところが、さやかちゃんは微笑んで、首を横に振った。
「お姉さん、今日はありがとう。私、すごく楽しかった」
さやかちゃんはずっと繋いでいた手を離して、私の正面に向かい合うようにして立った。
「遠目にだけど、お祭りが見られて、りんご飴がもらえて、一緒に花火が見られて。私、お姉さんを選んで良かった」
さやかちゃんの言葉の意味を掴み切れずに、私は首を傾げる。彼女は構わずに話を続けた。
「私ね、ずっと水面に映る花火を見てたの。ああ、今年も夏が来たんだなあ、って思いながら。今年は、本当に久しぶりに空の花火を見られた。……でも、もう帰らないと」
さやかちゃんは笑みに少しだけ、寂しさを含ませた。
「もう真っ暗だから、おうちまで送っていくよ」
「ううん。ここで大丈夫」
さやかちゃんは右手に持ったりんご飴を見て、それからもう一度私を見た。
「お姉さん、本当にありがとう。もう帰って来なさいって呼ばれてるから、私、行くね」
さやかちゃんはそう言って手を振ると、くるりと私に背を向けた。
「待って、さやかちゃん……」
私がその背を追いかけようと一歩踏み出すと同時に、池から白い光が弾けて、辺りを包んだ。
眩しさに目を閉じる。
再び目を開いた時には、私は池を囲う柵の外に、一人立っていた。
水面に咲いた花火の美しさは目に焼き付いたままなのに、私は今まで誰と過ごして、何故ここに居るのか、どうしても思い出せなかった。
ただ、草の匂いと、心細い街灯の明かりと、ほんの少しの寂しさだけが、そこにあった。
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