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「クレメンタイン、爪とぎタワーはあっちだぞ」
俺ははっと我に返り、彼女の首の後ろの良く伸びる皮を掴むと、段ボール製の爪とぎタワーの方に方向転換させた。
彼女は一旦は腕を伸ばしてそれを使用する意思を見せたが、しかし何秒と経たぬうちに駆け足で戻ってきて、また弦をばりばりと引っかきだした。
(これが気に入ったのか……そろそろ張り替えようと思っていたからいいが。今度、タワーに弦を張ってみようかなあ)
そう思案していると、その間二、三秒、猫爪が奏でた天衣無縫の音が、俺に落雷なみの衝撃を与えた。
(これは……!)
神が、俺に善は急げと告げる。
俺は完全に覚醒し、ヘッドフォンを放り投げるように外した。そこらへんに散らばった紙の束からまっさらなタブを引っ張り出し、床に転がっているボールペンを引っ掴むと、未だ俺の脳内で反響し続けているフレーズを即座に書き付ける。二十六年の人生でこれ程早く字を書いたことはないというような速度でだ。
たった二小節の短いものだ。しかし、今まで俺が書き上げてきたどんな譜とも違う。煌めきすら見える。
再びヘッドフォンを装着し、それを俺自身の手で弾いてみる。
暴虐的でもあり、繊細でもあり、冷徹でもあるフレーズ。再び脳内を駆け巡るインパルス。そして、喜び。
確信を得た。間違いない。
Revontulet7年の歴史で、これは最高傑作になる。
「ああ、俺のクレメンタイン。お前はやっぱり最高だよ!」
彼女が生み出したリフを刻む「Demon's Nail」が満を持してリリースした3rdアルバム「Enchanting shimmering」きってのキラーチューンと称賛され、本国チャート初登場1位を獲得し、世界5ヵ国でも10位以内にランクイン、バンド初のダブルミリオンさえ達成し、俺達を一気にスターダムへとのし上げたのは、また別のお話である。
もちろん、スペシャルサンクスは最愛のクレメンタインに捧げる。
ただ、彼女の存在を大っぴらにしたくはない。俺は交際相手がどれ程素晴らしかろうと、ひけらかすようなタイプじゃないんだ。
だから、こっそりと名前をクレジットに表記するに留めよう。それが彼女への礼儀というものだ。
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