歌詞カードのThanks欄

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 その晩、食事もろくに喉を通らなかった。  好物の鮭のホイル包み焼きを半分だけ食べて下げた私に、母は「夏バテしたのかもねえ。お腹の調子がおかしいなら、毎日のジュースはやめて整腸剤飲んでおきなさい」というが、断じてこれは夏バテなどではない。  愛するクラウスを心配するあまり、心身を損なってしまったのだ!    当然だ。北の国を愛する純朴な婦女子たちの永遠の恋人であるクラウスが、悪しき魔の手に落ちてしまったかも知れないのだから!  母は地元フィンランドのユヴァスキュラ、父はドイツのニーダーザクセン出身の彼は、温和だが生真面目、更には身持ちの固い好青年として評判が高い。知っての通り、そういう人物こそハニートラップ――毒牙への耐性が総じて低い。  一刻も早く彼を救わねば、取り返しのつかない地獄が始まるかも知れない。  何だかんだ理由を付けて金をむしり取られ(優しいクラウスは女の巧妙な嘘を見抜けないだろう)、借金生活に片足を突っ込むとか、他のバンドメンバーともその女が寝ていたことが発覚してバンドが分裂するとか、いつの間にかレコーディング現場には例のクレメンタインが居座り、バンドメンバーでもないのにあれこれ指図し始めるとか、クレメンタイン容認派と否定派でバンドが分裂、挙句の果てに解散するとか……。
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