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どうするか暫らく考えていたら、人影が此方を向いたような動きを見せた。それは間違いではなかった。こちらへと歩いてくる。とにかく動けるようにしないと、自分は背負っていた樽を地面に置く。
「貴様がブルガリートか?」
ギブソンとは違う高い声だった。この世の中には動物に雄と雌がいるように、人間にも男と女が居るということを思い出した。書物で読んだ通りだとすれば、女は男より筋力が弱い。雄である自分ならなんとかなるかもしれない。
「ああ」
とりあえず、なんて返せばいいのか分からなかったので肯定した。女は更に自分へと近づいてきた。しかし、何故自分の名前を知っているのだろうか。
「警戒はするな、敵意はない」
そう言って、女は両手をあげた。何も持っていなかったようなので、自分からも近づいてみる。シルエットだけだった影が露になっていく。
艶やかで翡翠色の髪は腰まで伸びていて、まるで物語に出てくるような綺麗な顔つきだった。黒皮の上着の下はシャツが破れていて、ヘソが出ている。ズボンは自分が今まで目にしたことない生地で、腰のベルトにホルスター。銃でも携帯しているのだろうか。自分は物語でしか人間を学んでいなかったが、街ではこういう格好が流行っているのだろうか。
じろじろ見すぎてしまっていたのかもしれないが、気にせず女は続ける。
「ギブソン・エギュベルを知っているな?」
突如出た奴の名前に自分は目を丸くした。
「その様子だと知っているようだな」
「や、奴がどうかしたのか?」
「ギブソンは死んだ」
「えっ」
「用件はそれだけだ。それでは」
混乱している自分をよそに女は踵を返す。何もかもがいきなりすぎて思考がおいつかない。お前は何者で、どうして自分の名前を知っていて、ギブソンとはどういう関係なんだ。頭に浮かぶ疑問は何一つ言葉に出来ず流れていく。詳しい話をきかせてくれ、自分がそう口にする前に彼女に異変がおきた。
「っ!」
もつれるように地面に膝を着いた。何が何だか分からないながらも、自分は慌てて駆け寄り声をかける。
「ど、どうした?」
「すまん。・・・腹が減ってな」
「えっ」
「三日、何もたべてない」
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